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最高裁判所大法廷 平成8年(行ツ)90号 判決 1996年8月28日

上告人

沖縄県知事

太田昌秀

右訴訟代理人弁護士

中野清光

池宮城紀夫

新垣勉

大城純市

加藤裕

金城睦

島袋秀勝

仲山忠克

前田朝福

松永和宏

宮國英男

榎本信行

鎌形寛之

佐井孝和

中野新

宮里邦雄

右指定代理人

大浜高伸

外九名

被上告人

内閣総理大臣

橋本龍太郎

右指定代理人

増井和男

外二〇名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

条約名等について、次の略称を用いる

略称   正式名称

日米安全保障条約 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約

日米地位協定 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定

駐留軍用地特措法 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法

沖縄返還協定 琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定

第一  上告代理人中野清光、同池宮城紀夫、同新垣勉、同大城純市、同加藤裕、同金城睦、同島袋秀勝、同仲山忠克、同前田朝福、同松永和宏、同宮國英男、同榎本信行、同鎌形寛之、同佐井孝和、同中野新、同宮里邦雄の上告理由第四点について

一  署名等代行事務の機関委任事務該当性

1  私有財産を公共のために収用し、又は使用する権能は、本来、国が有するものであるが、具体的にどのような要件、手続の下に私有財産を収用し、又は使用し得るものとするのかについては、これを定める法律の規定に従うべきものである。土地収用法は、土地等を収用し、又は使用する主体を、その権能を本来的に有する国とするのではなく、同法三条各号に掲げる公共の利益となる事業(以下「公益事業」という。)の用に供するために土地等を必要とする起業者とするとともに(同法八条一項、一六条)、公共の利益の増進と私有財産との調整を図るという観点から、土地等の収用又は使用に関し、その要件、手続等を定めるものである(同法一条)。すなわち、同法は、公益事業の用に供するために必要な土地等の収用又は使用の事務を起業者の事務とした上で、私有財産権の保障との調整を図りつつ、右事務を円滑に行わせるために、段階的に建設大臣を初めとする同法所定の行政機関の権限に属する行政処分を介在させるなどして、右事務の遂行に行政上の規制を加えることとしている。このような手続構造からすれば、起業者に土地等の収用又は使用の権限を付与するなどの事務が、国が本来的に有する前記の権能に由来するという意味において、国の事務に該当することが明らかであるだけでなく、公益事業の円滑な遂行と私有財産権の保障との調整を図ることを目的として、起業者が行う事業の遂行を規制することもまた、起業者に土地等の収用又は使用の権限を付与した国の責務であり、そのための事務も、その性質上、国の事務に当たるものと解するのが相当である。右のような性質を有する事務を地方公共団体固有の事務に当たると解することはできない。

2  これを土地収用法三六条五項によって都道府県知事の権限に属するものとされた事務(以下「署名等代行事務」という。)についてみると、右事務は、起業者が土地等の収用又は使用の裁決を申請するために必要な土地調書及び物件調書を完成させるための事務であるという点において、起業者が行う土地等の収用又は使用の事務の円滑な遂行に資する事務であるとともに、土地調書及び物件調書の作成が適正に行われたことを公的に確認することにより、調書の作成の適正を担保し、ひいては私有財産権の保障を手続的に担保するための事務であるということができる。右のような署名等代行事務の性質にかんがみれば、右事務は、国の事務に当たるものと解するのが相当である。

このように、署名等代行事務が国の事務の性質を有するものであるとしても、法律により、右事務の全部又は一部を地方公共団体の事務とすること、すなわち、地方公共団体に右事務を団体委任することも可能である。ところで、都道府県が処理する事務を例示する地方自治法二条六項は、二号において「土地の収用に関する事務」を掲げているが、右規定は、同条三項各号の例示を受けて、市町村が処理する事務との関係において、都道府県が処理する事務の範囲を画する規定であり、右の「土地の収用に関する事務」というのも、同項一九号に例示された「法律の定めるところにより、地方公共の目的のために動産及び不動産を使用又は収用する」事務を受けた規定とみることができ、同号の文言に照らすならば、同条六項二号は、都道府県が起業者として土地を収用する場合において行うべき事務を都道府県の事務として例示したものと解するのが相当である。したがって、右規定を根拠として、署名等代行事務が地方公共団体に団体委任された事務に当たると解することはできないし、他にそのように解する根拠となる規定は見当たらない。

他方、地方自治法別表第三第一号(百八)、同法別表第四第二号(四十三)に都道府県知事又は市町村長の権限に属する国の事務として掲げられている各種の事務は、いずれも、公益事業の用に供するための土地等の収用又は使用の事務の円滑な遂行と私有財産権の保障との調整を図ることを目的とするものであって、署名等代行事務とその基本的性質を同じくするものということができる。

以上のことからすると、土地収用法三六条五項は、署名等代行事務を都道府県知事に機関委任したものと解するのが相当である。

3  駐留軍用地特措法一四条は、同法三条の規定による土地等の使用又は収用に関しては、同法に特別の定めがある場合を除き、土地収用法を適用するものとしており、日本国に駐留するアメリカ合衆国の軍隊(以下「駐留軍」という。)の用に供するための土地等の使用又は収用に関しても、右1及び2に説示したところと別異に解する理由はないから、駐留軍用地特措法一四条に基づき同法三条の規定による土地等の使用又は収用に関して適用される場合における土地収用法三六条五項所定の署名等代行事務も、都道府県知事の権限に属する国の事務に当たるというべきである。

二  駐留軍用地特措法一四条に基づき同法三条の規定による土地等の使用又は収用に関して適用される土地収用法三六条五項所定の署名等代行事務の主務大臣

駐留軍用地特措法は、日米地位協定を実施するため、駐留軍の用に供する土地等の使用又は収用に関し規定することを目的とする(同法一条)。これによれば、駐留軍用地特措法に基づく土地等の使用又は収用に関する事務は、我が国の安全保障並びにこれと密接な関係を有する極東における国際の平和及び安全の維持という国家的な利益にかかわる事務であるとともに、アメリカ合衆国に対する施設及び区域の提供という、日米安全保障条約に基づく我が国の国家としての義務の履行にかかわる事務であるということができる。このことに、駐留軍用地特措法五条により、同法に基づく土地等の使用又は収用の認定の権限が被上告人にあるものとされていることを併せ考えると、同法に基づき、防衛施設局長が行う土地等の使用又は収用の事務の円滑な遂行と私有財産権の保障との調整を図るための事務は、建設省の所掌事務とされている「土地の使用及び収用に関する事務」(建設省設置法三条三七号)に含まれるものと解することはできない。そして、右事務がその他の省庁等のいずれかの所掌事務に当たるとする法的根拠もないから、右事務は、総理府設置法四条一四号の定めるところに従い総理府が所掌する事務に当たるとするのが相当であり、そのように解することが右事務の性質にもかなうものといえる。したがって、駐留軍用地特措法一四条に基づき同法三条の規定による土地等の使用又は収用に関して適用される場合における土地収用法三六条五項所定の署名等代行事務の主務大臣は、被上告人というべきである。

三  以上によれば、所論の点に関する原審の判断は、結論において是認することができ、これと異なる見解に立って原判決を非難する論旨は、採用することができない。

第二  同第一点ないし第三点、第五点ないし第七点について

一  職務執行命令訴訟における司法審査の範囲

1  都道府県知事は、地方住民の選挙によって選任され、当該都道府県の執行機関として、本来、国の機関に対して自主独立の地位を有するものであるが、他面、法律に基づき委任された国の事務を処理する関係においては、国の機関としての地位を有し、その事務処理については、主務大臣の指揮監督を受けるべきものである(国家行政組織法一五条一項、地方自治法一五〇条)。しかし、右事務の管理執行に関する主務大臣の指揮監督につき、いわゆる上命下服の関係にある国の本来の行政機構内部における指揮監督の方法と同様の方法を採用することは、都道府県知事本来の地位の自主独立性を害し、ひいては地方自治の本旨にもとる結果となるおそれがある。そこで、地方自治法一五一条の二は、都道府県知事本来の地位の自主独立性の尊重と国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮監督権の実効性の確保との間の調和を図るために職務執行命令訴訟の制度を採用しているのである。そして、同条が裁判所を関与させることとしたのは、主務大臣が都道府県知事に対して発した職務執行命令の適法性を裁判所に判断させ、裁判所がその適法性を認めた場合に初めて主務大臣において代執行権を行使し得るものとすることが、右の調和を図るゆえんであるとの趣旨に出たものと解される。

この趣旨から考えると、職務執行命令訴訟においては、下命者である主務大臣の判断の優越性を前提に都道府県知事が職務執行命令に拘束されるか否かを判断すべきものと解するのは相当でなく、主務大臣が発した職務執行命令がその適法要件を充足しているか否かを客観的に審理判断すべきものと解するのが相当である。

2  この点につき、原審は、地方自治法一五一条の二第一項所定の要件の審査を除いた職務執行命令の適法性の審査とは、都道府県知事が法令上当該命令に係る事務を執行する義務を負うか否かの審査を意味すると解した上で、都道府県知事は、法令上付与された審査権の範囲内において当該国の事務を執行すべき要件が充足されているか否かを審査し、右要件を充足していると認めるときは、当該国の事務を執行すべき義務を負うものであるから、右義務の有無を審理判断すべき裁判所も、右法令により都道府県知事に審査権が付与されていない事項を審査して、右義務の有無を論じることはできないと判断している。

しかしながら、都道府県知事の行うべき事務の根拠法令が仮に憲法に違反するものである場合を想定してみると、都道府県知事が、右法令の合憲性を審査し、これが違憲であることを理由に当該事務の執行を拒否することは、行政組織上は原則として許されないが、他面、都道府県知事に当該事務の執行を命ずる職務執行命令は、法令上の根拠を欠き違法ということができるのである。そうであれば、都道府県知事が当該事務を執行する義務を負うからといって、当該事務の執行を命ずることが直ちに適法となるわけではないから、職務執行命令の適法性の審査とは都道府県知事が法令上当該国の事務を執行する義務を負うか否かの審査を意味すると解した上、裁判所も都道府県知事に審査権が付与されていない事項を審査することは許されないとした原審の判断は相当でない。

そこで、以下においては、被上告人が上告人に対して発した本件職務執行命令を適法であるとした原審の判断を非難する論旨について右1に説示した見地に立って検討を進めることとする。

二  駐留軍用地特措法の合憲性

1  本件職務執行命令の法的根拠となった駐留軍用地特措法の合憲性が、右命令がその適法要件を充足しているか否かを審理判断すべき本件訴訟における審査の対象となることは、前記のとおりであるところ、所論は、日米安全保障条約及び日米地位協定に基づきアメリカ合衆国の軍隊の我が国における駐留を認めることが憲法に違反するものでないとしても、駐留軍の用に供するために土地等を強制的に使用し、又は収用することは、憲法前文、九条、一三条に基づき保障された平和的生存権を侵害し、憲法二九条三項に違反するというのである。

日米安全保障条約六条、日米地位協定二条一項の定めるところによれば、我が国は、日米地位協定二五条に定める合同委員会を通じて締結される日米両国間の協定によって合意された施設及び区域を駐留軍の用に供する条約上の義務を負うものと解される。我が国が、その締結した条約を誠実に遵守すべきことは明らかであるが(憲法九八条二項)、日米安全保障条約に基づく右義務を履行するために必要な土地等をすべて所有者との合意に基づき取得することができるとは限らない。これができない場合に、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であることを要件として(駐留軍用地特措法三条)、これを強制的に使用し、又は収用することは、条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるのであって、私有財産を公共のために用いることにほかならないものというべきである。国が条約に基づく国家としての義務を履行するために必要かつ合理的な行為を行うことが憲法前文、九条、一三条に違反するというのであれば、それは当該条約自体の違憲をいうに等しいことになるが、日米安全保障条約及び日米地位協定が違憲無効であることが一見極めて明白でない以上、裁判所としては、これが合憲であることを前提として駐留軍用地特措法の憲法適合性についての審査をすべきであるし(最高裁昭和三四年(あ)第七一〇号同年一二月一六日大法廷判決・刑集一三巻一三号三二二五頁参照)、所論も、日米安全保障条約及び日米地位協定の違憲を主張するものでないことを明示している。そうであれば、駐留軍用地特措法は、憲法前文、九条、一三条、二九条三項に違反するものということはできない。

2  所論は、駐留軍用地特措法は、憲法三一条に違反するとも主張する。

行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に憲法三一条による保障の枠外にあると判断することは相当ではないが、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、保障されるべき手続の内容は、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものである(最高裁昭和六一年(行ツ)第一一号平成四年七月一日大法廷判決・民集四六巻五号四三七頁参照)。

これを駐留軍用地特措法の定める土地等の使用又は収用の手続についてみると、同法の定める手続の下に土地等の使用又は収用を行うことが、土地等の所有者又は関係人の権利保護に欠けると解することはできないし、また、国が主体となって行う駐留軍用地特措法に基づく土地等の使用又は収用につき、国の機関である被上告人がその認定を行うこととされているからといって、適正な判断を期待することができないともいえない。したがって、駐留軍用地特措法は、憲法三一条に違反するものではない。

3  以上によれば、駐留軍用地特措法は、所論の憲法の各条項に違反するものではなく、これと同旨の原審の判断は、正当して是認することができる。同法の違憲をいう論旨は、採用することができない。

三  駐留軍用地特措法の沖縄県における適用の許否

1  所論は要するに、我が国における駐留軍の基地の大半が沖縄県に集中し、これにより同県及びその住民に重大な被害が生じているという現状の下では、同県の住民の投票による同意を得ることなく、同県において駐留軍用地特措法を適用し、土地等の使用又は収用の手続を進めることは、憲法前文、九条、一三条、一四条、二九条三項、九二条、九五条に違反するというのである。原審は、所論に係る主張を使用認定の違憲をいうものと理解した上、その当否は、本件訴訟における審理の対象とはならないとする。しかし、右主張は、右現状の下においては、本件職務執行命令の根拠法である駐留軍用地特措法は、沖縄県における効力を否定されるべきであるとの趣旨をいうものと理解することができ、その当否は、本件訴訟において審理判断を要するものというべきである。

2  駐留軍用地特措法による土地等の使用又は収用の認定は、駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合において、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると判断されるときになされるのであるが(同法五条、三条)、右認定に当たっては、我が国の安全と極東における国際の平和と安全の維持にかかわる国際情勢、駐留軍による当該土地等の必要性の有無、程度、当該土地等を駐留軍の用に供することによってその所有者や周辺地域の住民などにもたらされる負担や被害の程度、代替すべき土地等の提供の可能性等諸般の事情を総合考慮してなされるべき政治的、外交的判断を要するだけでなく、駐留軍基地にかかわる専門技術的な判断を要することも明らかであるから、その判断は、被上告人の政策的、技術的な裁量にゆだねられているものというべきである。沖縄県に駐留軍の基地が集中していることによって生じているとされる種々の問題も、右の判断過程において考慮、検討されるべき問題である。

右に述べたところからすると、沖縄県における駐留軍基地の実情及びそれによって生じているとされる種々の問題を考慮しても、同県内の土地を駐留軍の用に供することがすべて不適切で不合理であることが明白であって、被上告人の適法な裁量判断の下に同県内の土地に駐留軍用地特措法を適用することがすべて許されないとまでいうことはできないから、同法の同県内での適用が憲法前文、九条、一三条、一四条、二九条三項、九二条に違反するというに帰する論旨は採用することができない。また、駐留軍用地特措法が沖縄県にのみ適用される特別法となっているものではないから、同法の沖縄県における適用の憲法九五条違反をいう論旨は、その前提を欠く。

四  使用認定の有効性

1  署名等代行事務は、使用認定から使用裁決に至る一連の手続を構成する事務の一つであって、使用裁決を申請するために必要な土地調書及び物件調書を完成させるための事務である。使用裁決の申請は、有効な使用認定の存在を前提として行われるべき手続であるから、原判決別紙土地目録1ないし8記載の各土地(以下「本件各土地」という。)に係る使用認定に重大かつ明白な瑕疵があってこれが当然に無効とされる場合には、被上告人が上告人に対して署名等代行事務の執行を命ずることは許されないものというべきである。そうであれば、本件各土地につき、有効な使用認定がされていることは、被上告人が上告人に対して署名等代行事務の執行を命ずるための適法要件をなすものであって、使用認定にこれを当然に無効とするような瑕疵がある場合には、本件職務執行命令も違法というべきことになる。使用認定に右のような瑕疵があるか否かについては、本件訴訟において、審理判断を要するものと解するのが相当である。

しかしながら、使用認定に何らかの瑕疵があったとしても、その瑕疵が使用認定を当然に無効とするようなものでない限り、これが別途取り消されるまでは、何人も、使用認定の有効を前提として、これに引き続く一連の手続を構成する事務を執行すべきものである。したがって、仮に、本件各土地の使用認定に取り消し得べき瑕疵があるとしても、上告人において署名等代行事務の執行を拒否することは許されないし、被上告人においても、有効な使用認定が存在することを前提として、上告人に対して署名等代行事務の執行を命ずるかどうかを決すれば足りると解される。そうであれば、本件各土地の使用認定に取り消し得べき瑕疵のないことが、被上告人が上告人に対して署名等代行事務の執行を命ずるための要件をなすものとはいえない。そして、機関委任事務の執行を命ずることの適否を問う職務執行命令訴訟において、当該事務に先行する手続ないし処分に何らかの瑕疵があればその程度にかかわらず職務執行命令も当然に違法となるとして、これらの手続ないし処分の適否を全面的に審理判断することは、法の予定するところとは解し難い。結局、本件各土地の使用認定についての瑕疵の有無は、それが重大かつ明白とはいえない限り、自己の権利ないし法的利益を侵害された者が提起する取消訴訟において審理判断されるべき事柄であって、これを本件訴訟において審理判断すべきものと解することはできない。

2  そこで、本件各土地の使用認定にこれを当然に無効とすべき重大かつ明白な瑕疵が認められるか否かについて検討する。

駐留軍用地特措法は、駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合において、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると認められるときは、当該土地等の使用認定をすべきものとしているところ(同法五条、三条)、右の判断は、前記のとおり、被上告人の政策的、技術的な裁量にゆだねられていると解される。したがって、使用認定は、被上告人の判断に、右裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法があり、しかもその違法が重大かつ明白なものである場合に限り、無効とされるのである。

これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係によれば、(1)本件各土地は、沖縄復帰時において、沖縄返還協定三条一項の規定に関し両国政府間で行われた討議の結果を示すものとして昭和四六年六月一七日に交わされた了解覚書により、駐留軍が使用する施設及び区域として日米合同委員会において合意する用意のある施設及び用地に区分された土地である、(2)沖縄返還協定は、昭和四七年三月二一日に公布され、同年五月一五日にその効力を生じたが、同日、日米合同委員会において日米安全保障条約六条及び日米地位協定二条に基づき駐留軍が沖縄県内で使用を許される施設及び区域の提供等について合意したところによれば、本件各土地は右提供に係る施設及び区域に含まれている、(3)の復帰に際しての日米首脳会談において、佐藤内閣総理大臣は、沖縄の駐留軍施設及び区域が復帰後できる限り整理縮小されることが必要と考える理由を説明し、ニクソン大統領も、双方が施設及び区域の調整を行うに当たって、これらの要素は十分に考慮に入れられる旨を答えた、(4)その後、我が国は、駐留軍の使用に供された施設及び区域の整理縮小のために、日米合同委員会、日米安全保障協議委員会等において交渉を重ねているが、本件各土地については返還の合意には至っておらず、本件各土地は、いずれも駐留軍基地の各種施設の敷地、保安用地、電磁障害除去地などとして使用され、駐留軍施設内の他の多くの土地と一体となって有機的に機能しており、その一部については、右使用目的に反しない範囲で土地所有者等による耕作が黙認されている、(5)昭和五四年には、沖縄県、那覇防衛施設局及び在沖米軍の三者連絡協議会が設けられ、基地から派生する問題の軽減のための対策を協議し、軍用機の夜間飛行の規制、エンジンテストの時間規制等の措置や基地周辺住宅等の防音助成対策を講ずるなどしてきたというのである。右事実関係の下においては、沖縄県に駐留軍の基地が集中している現状や本件各土地の使用状況等について上告人が主張する諸事情を考慮しても、なお本件各土地の使用認定にこれを当然に無効とすべき重大かつ明白な瑕疵があるということはできない。

3  以上によれば、本件各土地の使用認定の効力が本件訴訟における審理の対象とならないとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤るものというべきであるが、原審の適法に確定した事実関係によれば、本件各土地の使用認定を当然に無効とする瑕疵があるとはいえないから、原判決の右違法は、判決の結論に影響を及ぼさないものということができ、使用認定の適否及び効力に関する審理不尽をいう論旨も、採用することができない。

五  署名等の代行申請手続並びに土地調書及び物件調書の作成の適法性

1  駐留軍用地特措法一四条に基づき同法三条の規定による土地等の使用又は収用に関して適用される土地収用法三六条によれば、防衛施設局長は、土地等の使用又は収用の認定の告示があった後、土地調書及び物件調書を作成しなければならず(同条一項)、これを作成する場合において、土地所有者及び関係人(防衛施設局長が過失なくして知ることができない者を除く。)を立ち会わせた上、土地調書及び物件調書に署名押印をさせなければならないものとされているが(同条二項)、これは、収用委員会の審理における事実の調査、確認の煩雑さを避け、その能率化を図るために、使用又は収用する土地及びその土地上にある物件に関する事実及び権利の状態並びに当事者の主張を記載して、これをあらかじめ整理しておくことを目的とするものと解される。そして、土地所有者及び関係人のうちに、土地調書及び物件調書への署名押印を拒んだ者又は署名押印をすることができない者があるときは、市町村長に立会いと署名押印を求め(同条四項)、市町村長がこれを拒んだときは、都道府県知事に署名等の代行を申請することとされているが(同条五項)、その趣旨は、土地所有者及び関係人の立会い及び署名押印を得ることができない場合において、裁決申請に必要な土地調書及び物件調書を完成させ、土地等の使用又は収用の事業の円滑な遂行を図るとともに、土地調書及び物件調書の作成が適正に行われたことを公的に確認することにより、調書の作成の適正を担保し、ひいては私有財産権の保障を手続的に担保することにあるものと解するのが相当である。

以上に説示したところによれば、被上告人が上告人に対し、署名等代行事務の執行を命ずるためには、駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条の定めるところに従い上告人に対して適法に署名等の代行の申請がされ、かつ、土地調書及び物件調書が適正に作成されていることを要するものというべきである。

2  所論は、那覇防衛施設局長は、本件各土地の所有者及び関係人に現地での立会いの機会を与えることなく署名押印を求めたものであるのみならず、市町村長に署名押印を求めるに当たっても、また、上告人に署名等の代行を申請するに当たっても、現地での立会いの機会を与えていないから、上告人に対する署名等の代行の申請は、駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条二項、四項、五項の規定に違反するとの趣旨の主張をする。

しかしながら、土地収用法三六条二項の文言からすると、同項は、土地調書及び物件調書作成の全過程で、土地所有者及び関係人に立会いの機会を与えることを要求しているものではなく、調書が有効に成立する署名押印の段階で、調書を土地所有者及び関係人に現実に提示し、記載事項の内容を周知させることを求めているものと解するのが相当である。本件各土地の所有者及び関係人にとっては、現地を確認することなく、土地調書及び物件調書の記載内容の真偽を判断することが困難である場合もあることは、所論指摘のとおりであるとしても、土地所有者及び関係人は、同条三項に基づき、異議を付記して署名押印をすることができ、そうすることによって、調書の記載が真実に合致するとの推定を排除することができるのである。その場合には、那覇防衛施設局長が収用委員会の審理手続の中で土地調書及び物件調書の記載内容が真実に合致することを立証しなければならないことになるのであるから、本件各土地の所有者及び関係人に現地における立会いの機会を与えなくても、その権利を不当に侵害するものとはいえない。

そして、土地調書及び物件調書の作成につき市町村長の署名押印又は都道府県知事による署名等の代行の制度を定めた前記の趣旨からすると、土地収用法三六条四項、五項が、市町村長、その指名する市町村の吏員又は都道府県知事が指名する都道府県の吏員に現地における立会いの機会を与えることを要求しているものとも解し難い。

以上の見地に立って本件について検討すると、原審の適法に確定した事実関係の下においては、那覇防衛施設局長は、駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条二項、四項、五項の定めるところに従い、上告人に対して署名等の代行を申請したものということができ、同局長が現地における立会いの機会を与えなかったとしても、そのことをもって、本件職務執行命令を違法とすることはできない。

3  所論は、本件各土地に係る土地調書及び物件調書(以下「本件調書」という。)が適正に作成されたものとは認め難い旨の主張もするが、原審の適法に確定した事実関係の下においては、本件調書の記載事項の調査方法や土地調書に添付すべき実測平面図の作成方法に違法の点はなく、これらはいずれも適正に作成されたものということができる。

4  以上に説示したところによれば、上告人に対する署名等の代行の申請及び本件調書の作成に違法の点はなく、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、右判断を非難する論旨は、採用することができない。

なお、所論は、都道府県知事は、土地調書及び物件調書の記載内容が真実であることを確認することができるまでは署名等代行事務の執行を拒否することができ、また、本件において署名等代行事務を執行することは地方自治の本旨に反すると主張する。しかし、土地収用法三六条五項が都道府県知事による署名等の代行の制度を定めた前記の趣旨にかんがみると、都道府県知事は、土地調書及び物件調書が適正に作成されていることを確認することができたならば署名等代行事務を執行すべきであり、調書の記載内容の真偽について審査をし、これが真実に合致すると認めるのでなければ署名等代行事務を執行することができないと解することはできない。また、上告人が署名等代行事務を執行することによって、直ちに地方自治の本旨に反する事態が招来されるものとは解し難いから、これを前提とする論旨は、その前提を欠く。

結局、原審の土地収用法三六条の解釈適用の誤りをいう論旨は、いずれも採用することができない。

六  地方自治法一五一条の二第一項の要件

本件において上告人が署名等代行事務を執行していないことは明らかであるところ、所論は、地方自治法一五一条の二第一項から第八項までに規定する以外の方法によってその是正を図ることが困難であり、かつ、それを放置することにより著しく公益を害することが明らかであるとした原審の判断は、同条の解釈適用を誤るものであるというのである。

しかし、原審の適法に確定した事実関係の下においては、地方自治法一五一条の二第一項から第八項までに規定する以外の方法によって、上告人による署名等代行事務の執行の懈怠を是正することは困難であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。

また、上告人の署名等代行事務の執行の懈怠を放置するときは、被上告人が本件各土地を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると判断して使用認定をしているにもかかわらず、那覇防衛施設局長は、収用委員会に対する裁決申請をすることができないことになり、その結果、日米安全保障条約六条、日米地位協定二条に基づく我が国の国家としての義務の履行にも支障を生ずることになることが明らかであるから、上告人の署名等代行事務の執行の懈怠を放置することにより、著しく公益が害されることが明らかであるといわざるを得ない。所論は、上告人の署名等代行事務の執行の拒否は、駐留軍の基地が沖縄県に集中していることによる様々な問題を解決するという地方自治の本旨にかなった公益の実現を目指すものであるから、これをもって著しく公益を害するということはできないという。しかし、駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条五項が都道府県知事による署名等の代行の制度を定めた前記の趣旨からすると、上告人において署名等代行事務の執行をしないことを通じて右の問題の解決を図ろうとすることは、右制度の予定するところとは解し難い。上告人の署名等代行事務の執行の懈怠を放置することにより、著しく公益が害されることが明らかであるとした原審の判断も正当である。

原審の地方自治法一五一条の二の解釈適用の誤りをいう論旨は採用することができない。

以上によれば、論旨はいずれも採用することができないから、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官園部逸夫の補足意見、裁判官大野正男、同高橋久子、同尾崎行信、同河合伸一、同遠藤光男、同藤井正雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

判示第二の一及び四についての裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。

私は、法廷意見に同調するものであるが、職務執行命令訴訟における審査の範囲及びこれと本件との関係について、私の見解を明らかにしておきたい。

地方自治法一五一条の二所定の職務執行命令訴訟は、機関訴訟(行政事件訴訟法六条)の典型といわれているが、主務大臣と都道府県知事との間の公法上の法律関係に基づく給付訴訟(当事者訴訟、同法四三条三項)の実質を有するものであるから、裁判所は、主務大臣の請求に理由があると判断したときは、主務大臣が命じたのと同じ内容の事項を判決によって命令しなければならない。提訴の段階では、主務大臣が発した職務命令が適法か違法かが正に争われているのであるから、右訴訟において、裁判所は、主務大臣の請求について理由の有無を審査するに当たり、請求の対象である職務執行命令に違法の瑕疵があるかどうかを判断しなければならない。

その場合、私は、職務執行命令の発動を必要とするに至った行政の過程における先行行為につき、現行の職務執行命令訴訟において審査すべき違法の瑕疵の程度は、平成三年法律第二四号による改正前の地方自治法一四六条所定の職務執行命令訴訟におけるそれとは異なると解する。すなわち、旧規定の下では、主務大臣と都道府県知事との間に最終的には代執行権のみならず罷免権の行使にまで至ることのできる強度の上命下服の関係が法定されていることを前提として、地方自治の保障という見地から、地方裁判所と高等裁判所による二段階の実質的審査を介入させ、裁判所が当該職務執行命令の適法性を是認する場合でなければ、右のような強度の監督権の行使ができないとされていた。

しかしながら、現行の規定の下では、職務執行命令訴訟は、主務大臣による罷免権の行使の前提条件として機能するものではないから、裁判所は、当該職務執行命令の発動を必要とするに至った行政の過程における先行行為については、それに重大な瑕疵があることが明白であるかどうかを審査すれば足りると理解するのが相当と考える。ただし、ここでいう瑕疵の重大性が明白であるかどうかということは、いわゆる取り消し得べき瑕疵と区別された無効の瑕疵の有無の問題とは観点を異にする。行政行為の適法性に関する訴訟は、抗告訴訟(取消訴訟又は無効確認訴訟)の形式において、行政庁の命令や処分を受けた側から提起されるのが通例であるが、職務執行命令訴訟は抗告訴訟ではないから、適法性判断の基準について、抗告訴訟の形式との関連において議論されるいわゆる取り消し得べき瑕疵と無効の瑕疵との区別を前提とする基準は適用されないと解する。

次に、本件のような土地等の収用又は使用手続にかかわる職務執行命令訴訟についてであるが、土地等の収用又は使用手続における土地調書及び物件調書の作成手続は、収用委員会の手続の前段階として位置付けられ、署名等代行事務は、その一環として行われるものである。土地等の収用又は使用手続において特に重要なのは、事業認定(本件の場合は使用認定)及び収用委員会の裁決であるが、都道府県知事が事実認定を直接争う手続は、法律の定めるところではないので、都道府県知事としては、事案によっては、署名等代行事務等の執行を拒否するか、あるいは最終的には職務執行命令訴訟の被告の立場で争うことにより、事業認定に始まる土地等の収用又は使用手続について不服を表明せざるを得ない場合があることは、容易に予想されることであり、本件は、正にその場合に当たる。したがって、本件職務執行命令の適法性を審査するに当たって、被上告人が上告人に対し署名等の代行を命ずること自体の適法性のみならず、行政の過程における先行行為としての使用認定の瑕疵の重大性が明白であるか否かを判断すべきことは、必要であり、また当然のことと考える。

ただ、私は、本件のような職務執行命令訴訟において、裁判所が、日米安全保障条約及びそれに基づく日米地位協定、さらに、その施行法的な性格を有する駐留軍用地特措法の下で、日本国の安全に関する国の高度の政治的、外交的判断に立ち入って本件使用認定の適法性を審査することは、司法権の限界を超える可能性があると考える。沖縄県に駐留軍基地が集中していることから生ずる深刻な問題があることについては、上告人が、沖縄県知事として、切々と意見を陳述しており、また、原審も、上告人が本件署名等代行事務の執行を拒否した背景にある事実として適法に確定しているところである。にもかかわらず、私がこれらの事柄を本件使用認定の瑕疵の重大性が明白であるとする理由としないのは、右に述べたとおり、司法裁判所の審査に適しない性質の問題が介在していると認めるほかはないからである。

判示第二の三及び四についての裁判官大野正雄、同高橋久子、同尾崎行信、同河合伸一、同遠藤光男、同藤井正雄の補足意見は、次のとおりである。

私たちは、法廷意見のうち、駐留軍用地特措法の沖縄県における適用の許否及び使用認定の有効性に関する判示部分について、以下のとおり補足しておきたい。

一  沖縄県に我が国における駐留軍の基地が集中しており、同県及びその住民に負担が掛かっていることについて、原審は、概要次の事実を認定している。

沖縄県には、県下五三市町村のうち二五市町村にわたって、四二施設、二億四五二六万平方メートルの駐留軍基地が存在し、その面積は、全県土面積の約10.8パーセントを占めており、駐留軍が常時使用できる専用施設としては、全国のそれの74.7パーセントが国土面積の約0.6パーセントを占めるにすぎない同県に集中している。駐留軍の演習、訓練は、水域、空域及び陸域において恒常的に行われ、航空機の墜落、パラシュートの施設外降下など演習による事故や駐留軍の軍人軍属による刑法犯罪が多数発生し、演習場内では実弾射撃演習による原野火災が起き、航空機騒音が付近住民の生活環境に影響を及ぼしている。また、基地の存在は沖縄県の地域振興開発の制約要因となり、基地対策は行政事務の過重負担を招いている。沖縄県はかねてから日本国政府に駐留軍基地の整理縮小を要請してきたが、十分な成果を挙げるには至らず、駐留軍専用基地の返還状況は、昭和四七年以来平成六年に至るまで、本土は約五九パーセント減少したのに対し、同県においては約一五パーセント減少したにとどまっている。

所論は、このような実情に照らせば、駐留軍用地特措法の沖縄県における適用は違憲であり、本件各土地の使用認定も違憲無効であって、同県における駐留軍基地のための土地等の収用又は使用は違法である旨を主張している。

二  原審の確定する右事実によれば、駐留軍基地が沖縄県に集中していることにより同県及びその住民に課せられている負担が大きいことが認められる。しかし他面、駐留軍基地の存在は、沖縄返還協定三条一項、日米安全保障条約六条、日米地位協定二条に基づくものであって、国際的合意によるものであるから、同基地の沖縄県への集中による負担を軽減するためには、日米政府間の合意、さらに、日本国内における様々な行政的措置が必要であり、外交上、行政上の権限の適切な行使が不可欠である。それらをどのように行使するかは、沖縄県及びその住民に対する負担の是正と駐留軍基地の必要性等との権衡の下に、行政府の裁量と責任においてなされるべき事柄である。この権衡を考慮する余地もないほど極端な場合は格別、右の負担の大きさから直ちに駐留軍用地特措法の沖縄県における適用及びこれに基づく使用認定の違憲性、違法性が一義的に明白ということはできない。所論の主張するように、駐留軍用地特措法の沖縄県への適用を違憲無効とし、同法に基づく土地の使用認定をすべて無効とするならば、何らの国際的合意や行政的措置もなく、同県における駐留軍基地の存在を法的に覆滅する結果をもたらすことになるのであって、そのような判断は、司法による審査の限界を超えるものといわざるを得ない。

もとより、沖縄県における基地の提供は、ただ行政的外交的配慮のみによってなされるものではなく、個々の土地の使用認定については、駐留軍用地特措法三条所定の「適正かつ合理的」の要件を充足することを必要とするのであって、それが一見明白に違憲、違法でないとしても、それによって自己の権利ないしは法的利益を侵害されたとする者が、使用認定又は収用委員会の裁決に対する取消訴訟において、その瑕疵を主張し、審理判断を受けることができることは、法廷意見の判示するところである。

しかし、駐留軍基地の沖縄県への集中を理由とする駐留軍用地特措法の同県への適用違憲、本件各土地の使用認定の無効の主張に対する判断は、外交上、行政上考慮すべき多元的な問題を彼此検討してなされるべきものであるから、裁判所が一義的に判断するのに適切な事項ではなく、したがって、違憲ないし違法とすべき明らかな理由の存否の判断にとどめるべきであると考えるものである。

(裁判長裁判官三好達 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大西勝也 裁判官小野幹雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官根岸重治 裁判官高橋久子 裁判官尾崎行信 裁判官河合伸一 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官福田博 裁判官藤井正雄)

上告代理人中野清光、同池宮城紀夫、同新垣勉、同大城純市、同加藤裕、同金城睦、同島袋秀勝、同仲山忠克、同前田朝福、同松永和宏、同宮國英男、同榎本信行、同鎌形寛之、同佐井孝和、同中野新、同宮里邦雄の上告理由

((目次))

はじめに

第一点 憲法違反―駐留軍用地特措法

一 上告人の主張に対する原審の判断

二 憲法前文、九条及び一三条違反(平和的生存権の侵害)について

三 憲法二九条三項違反について

四 憲法三一条違反について

第二点 駐留軍用地特措法の適用違憲ないし運用違憲

一 上告人の主張に対する原審の判断

二 使用認定の違憲無効にとどまらない駐留軍用地特措法の違憲性

三 安保条約目的条項を逸脱する米軍の駐留の憲法九条、前文への違反

四 様々な基地被害ないしその危険をもたらしている在沖米軍基地の使用のために駐留軍用地特措法を適用することによる平和的生存権侵害

五 嘉手納飛行場設置による憲法一三条で保障される個人の生命、身体、健康、自由などの利益の総体としての人格権の侵害

六 駐留軍用地特措法を在沖米軍基地の使用のために適用することの憲法二九条違反

七 駐留軍用地特措法を在沖米軍基地の使用のために適用することの憲法一四条、九二条及び九五条違反

第三点 最高裁判所判例違反と判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反―審理の範囲

一 原判決の判示

二 原判決の特徴

三 最高裁判決の趣旨

四 原判決の判例違反の具体的理由

五 破棄された東京地裁判決の内容

六 最高裁判決の検討

第四点 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反―本案前の抗弁について

一 機関委任事務か否かについて

二 主務大臣について

第五点 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反―駐留軍用地特措法一四条一項により適用される土地収用法三六条について

一 公的立会人の審査権の内容についての解釈の誤り

二 立会方法についての解釈の誤り

三 地方自治の本旨に反する機関委任事務の執行を拒否する権能

四 自主的法令解釈権

第六点 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反―地方自治法一五一条の二について

一 職務執行命令制度について

二 地方自治法一五一条の二の「他の是正措置」要件についての誤り

三 「公益侵害」要件についての誤り

第七点 判決に影響を及ぼすことが明らかな審理不尽

一 上告理由としての「審理不尽」の意義

二 本件で審理されるべき事項

三 訴訟指揮及び証拠決定における原審の偏頗かつ不公正な態度

四 原審の訴訟遂行態度に対する県民世論

はじめに

一 本件訴訟は、内閣総理大臣が県知事を被告にして提起したものとしては、我が国で最初の職務執行命令裁判請求事件である。訴訟の狙いが、米軍用地の強制使用にあるだけに、沖縄県民にとっては容認できない重大な事件である。

沖縄県民は、戦後五〇年余も過重な基地負担と基地被害に苦しんできた。本件訴訟の提起は、更にこの過重な基地負担と基地被害を継続し二一世紀に及んで長期化・固定化しようとするものである。それゆえに、本件訴訟では平和的生存権、財産権、平等権、地方自治の本旨を問う多くの憲法問題、法律問題が争点となっており、裁判所にとってはより慎重な対応と審理が要求されるところである。

しかし、原審の審理は、被上告人に加担した訴訟指揮に終始し、極めて杜撰で形式的であり、その結果、判決においても決定的な誤りを犯している。

二 原審は、本件訴えを受理した当初から、本件立会・署名等の対象物件たる土地の一部につき、一九九六年三月末日に国の使用期限が満了することを念頭において、それ以前に原告勝訴の判決を下さなければ重大な政治的問題が生ずるとの予断(政治的判断)の下に、本来あるべき審理の姿をゆがめ、強引な訴訟指揮で審理を急ぎ、判決を言渡したものである。原審は、訴訟進行に関する原被告との第一回弁論期日前の三者協議の席上で、被告申請の証人を集中して三日間で連続して取り調べるか、あるいは毎週金曜日に審理を行って、証人調べを行うかのいずれかの審理方式をとりたい旨、提案していた。

ところが、原告と被告の主張及び立証計画が第二回弁論(二月九日)になって初めて出そろったことから、当初想定していた証人調べを行うと三月末日までの判決言渡しができなくなることが確実になったため、原審は、審理方針を変更し、被告申請の証人調べを一切行わず、また、必要な求釈明にも応じないまま結審に至ったものである。それだけに、結審した時点で原判決の結論は、明らかであった。

民事裁判は、対審構造のもとで当事者双方に主張、立証を尽させ、それを前提にして裁判所の判断が示されるのが、その本来の在り方である。その意味で、当事者の一方に偏した原審は、裁判の名に値しないものであった。

なぜ、原判決が裁判の名に値しないと批判されなければならない程の誤ったものになったのか、その原因と背景、誤りの内容、そしてこれが何としても正されなければならない所以を、本上告理由書をもって明らかにしたい。

本件訴訟の背後には、沖縄県民が戦後五〇年余にわたって基地の重圧と負担、被害に苦しんできた歴史と、現に苦しんでいる県民の叫びが存在している。

以下、上告理由を陳述する。

なお、以下に使用する「安保条約」、「地位協定」、「特措収用法○条」、「本件各土地」、「本件署名等代行」、「署名等代行」という用語は、原判決四〜五頁に摘記された用語例によるものとし、原判決五頁の「特措法」の用語は、以下において「駐留軍用地特措法」として使用する。

第一点 憲法違反――駐留軍用地特措法

駐留軍用地特措法は、憲法前文、九条、一三条、二九条、及び三一条に違反する。

一 上告人の主張に対する原審の判断

上告人は、原審において、上告人に対し本件署名等代行義務を課している駐留軍用地特措法は、憲法前文、九条、及び一三条で保障された平和的生存権を侵害し、憲法二九条三項の財産権制約の法理に違反し、憲法三一条の適正手続の保障を侵害した違憲無効の法律であるから、上告人は本件署名等代行事務の執行を拒否することができるのであり、被告には本件署名等代行事務を執行する義務は存せず、右特措法に基づき本件署名等代行を求める本件命令は、違憲無効である旨主張した。

これに対し、原判決は、駐留軍用地特措法は、憲法前文、九条、一三条、二九条三項、及び三一条に各違反しないと判示して、上告人の右主張を排斥した。

しかし、原判決は、以下に述べるように、憲法の解釈を誤ったものであり、とうてい破棄を免れない。

二 憲法前文、九条及び一三条違反(平和的生存権の侵害)について

1 本件署名等代行事務の根拠法たる駐留軍用地特措法は、我が国が、「駐留軍の用に供する」という軍事目的を実現するために国民の私有財産を強制的に使用又は収用することを内容とするものであるから、憲法前文、九条及び一三条によって宣言、保障された平和主義、平和的生存権を侵害する、との原審における上告人の主張に対し、原判決は、平和的生存権はすべての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる理念的、基底的な権利であるが、そこでいう「平和」とは抽象的概念であって、平和的生存権は、国会ないし内閣がその政治責任において行う諸施策によって具体的に実現されていくものであり、その抽象性は免れず、憲法上各個人に保障された具体的な権利ということはできないと判示した(一五九頁)。

2 しかし、権利概念は、多かれ少なかれ抽象性を有しているのであって、概念の抽象性を理由に、権利性を否定することは誤りである。とりわけ憲法典のなかに「平和のうちに生存する権利」として、明確に「権利」という文言が使用されている平和的生存権の権利性を否定することは、憲法そのもののいう権利の意義を見失うものであり正しくない。しかも、憲法でいう「平和」とは、後述するように、非軍事による平和を意味しているのであるから、抽象的で「一義的に明確であるということはできない」(原判決一六一頁)ものでは決してないのである。

また、原判決は、平和的生存権は内閣ないし国会の行う諸施策によって具体的に実現されるものであると判示しているが、これは平和的生存権が、国家による戦争行為(広く戦争類似行為、戦争準備行為、戦争訓練、軍事基地の設置管理などを含む。以下、同趣旨)から国民の人権侵害を防止もしくは排除するという自由権的側面(国家からの自由)を基礎とした法的性質を有していることを解しない不当なものである。

3 憲法前文は、国民(前文でいう「全世界の国民」に日本国民が含まれることは当然である)が「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」を有することを確認し、その具体的保障として、憲法九条一項は「戦争放棄」、二項は「戦力の不保持」「交戦権の否認」を規定する。これは、一項で自衛のための戦争が放棄されていないとしても、二項で侵略及び自衛のためを問わず全ての戦力の保持が禁止されているから、結局、九条全体で自衛戦争をも放棄し、自衛戦争のための戦力の保持を禁止して、非軍事による平和主義を実現することが国の義務であることを規定したものである。これは憲法学会の通説である。これによって、日本国民は、一切の戦争行為から解放され、財産や人的な力を戦争と軍事のない自由で平和な国家建設にのみ用いる権利を保障されることになる。

このように、憲法九条は、平和的生存権を制度的に保障するものであるが、この平和的生存権を基本的人権の一として保障していることの直接の根拠は、憲法一三条に見出すことができる。

憲法一三条後段は「生命、自由、幸福追求に関する国民の権利」を保障しているが、それは、個々の国民が享有している人間としての生存と尊厳を維持し、生命の危険に脅かされることなく、自由と幸福を享有することができるようにするため、その社会的、経済的諸条件、環境を整備することを求めるものであり、その一つが平穏な生活を営む権利である。これを憲法の基本原理である非軍事による平和主義から考えると、平和的生存権とは、戦争行為によって、生命の危険に脅かされることなく、平穏な社会生活を営むことを阻害されないことを中核的内容とする権利と解することができる。そして、より具体的には、平和的生存権は、次の内容を有するものと解される(浦田賢治「憲法裁判における平和的生存権」、『現代憲法の基本問題』早稲田大学出版部所収四一頁)。

① 公権力の軍事目的追求によって、平和的経済関係が圧迫されたり、侵害されたりしないこと。この例として、自己の土地・財産を軍事目的のために使用されない権利などが挙げられる。戦後、軍用地負担関係法令の廃止を受けて、軍事目的のための財産権の制限・侵害を認めない土地収用法の存在は、この権利を具体的に保障するものである。

② 公権力による軍事的性質を持つ政治的・社会的関係の形成が許されないこと。例えば、徴兵制の採用、軍事的秘密保護法の制定などは、国民の平和的社会関係、信頼関係を破壊し、人間としての尊厳を侵すもので許されない。また、軍事施設を設けることにより、軍事的危害を誘発することや国民の健康または生活環境に被害を及ぼすことなどは具体的な平和的生存権の侵害となる。

③ 公権力によって軍事的イデオロギーを鼓舞したり、軍事研究を行うことは許されないこと。例えば、軍事教育政策をとったり、マスコミを政策的に軍事利用したり、戦争または戦争準備のための科学技術の研究などは、国民を戦争へ導き、平和の精神的・科学的な基礎を揺るがすものとして許されない。

このように、平和的生存権は、具体的な内容を有する権利であり、憲法体系の中核をなす基本原理・憲法上の他のすべての価値体系の基礎であると同時に、個々の裁判における判断基準及び法令解釈の基準となる法規範性を有する規定であるというべきである。したがって、原判決の「憲法上各個人に保障された具体的な権利ということはできない」との判示は、平和的生存権に関する憲法前文、九条及び一三条の解釈を誤ったものといわざるを得ない。

4 これまで述べたような憲法九条の徹底した非軍事による平和主義及び国民の平和的生存権保障の趣旨からして、憲法前文、九条及び一三条は、日米安保条約及び地位協定によって、国土の一部が米軍施設の軍用地として使用されることが許容されるとしても、国民の権利・利益を犠牲にしてまで、米国軍隊へ軍用地を提供することまでは許していないものといわなければならない。

したがって、駐留軍用地特措法は、国が「駐留軍の用に供する」という軍事目的を実現するために、国民の私有財産を剥奪するに等しいほど強制的に使用又は収用することを内容とするものであるから、平和主義、平和的生存権を侵害するものであり、憲法前文、九条及び一三条に違反するものである。

三 憲法二九条三項違反について

1 原判決は、駐留軍用地特措法が憲法二九条三項に違反するとの上告人の主張に対し、「米軍に日本国において施設及び区域の使用を許すこと、そのこと自体が憲法九条及び前文の趣旨に反し違憲であることを理由として、安保条約六条及び地位協定を実施するために制定された特措法が違憲であるということはできない。」(一六五頁)と判示した。

右判示は、安保条約六条及び地位協定が違憲でないことを前提として、それから直ちにそれらを実施するために制定された駐留軍用地特措法が違憲でないことを短絡的に結論づけたものである。

しかし、右判示部分には明らかに論理の飛躍がある。

上告人は、原審において、安保条約及び地位協定の違憲性については特に主張しておらず、安保条約及び地位協定の合憲・違憲にかかわらず、駐留軍用地特措法が憲法二九条三項に違反すると主張しているのである。したがって、本件訴訟において、右特措法の憲法適合性を判断するに際して、安保条約及び地位協定の憲法適合性を判断することは不要であるばかりか、当事者が主張してもいない安保条約及び地位協定の憲法適合性について、原判決がそれに言及し、その違憲性を否定する判断を示したことは弁論主義に反し違法である。安保条約及び地位協定の違憲性が認められないことをもって、そこから直ちに駐留軍用地特措法の合憲性を導き出す判決には明白な論理の飛躍がある。

2 原判決は、「国は、日本国内において米軍の用に供するため任意に土地等又はその使用権を取得できない場合には、憲法二九条三項により、公共のために用いる一場合として、土地等の公用使用又は公用収用をすることができるというべきである」(一六六頁)として、駐留軍用地特措法に基づく強制使用は、憲法二九条三項にいう「公共のために用いる」場合に該当すると判示し、同法の違憲性を否定した。

しかし、右判示は、憲法二九条三項の解釈を誤ったものである。

憲法二九条三項にいう「公共のために用いる場合」の公共性は、憲法の基本原理に抵触するものであってはならない。憲法の基本原理に優越し、それを制約するような「公共性」が存在する余地がありえないことは、理の当然である。

憲法九条は、前述(第一点、二、3)したとおり、自衛戦争を放棄し、自衛戦力の保持を禁止して、非軍事による平和主義を実現することが国の義務であることを規定したものであるが、このような徹底した平和主義は、憲法体系の中核をなす基本原理であって、憲法上の他のすべての価値体系の基礎ともなっているのであるから、憲法二九条三項の「公共性」は非軍事による平和主義に抵触するものであってはならないのである。

駐留軍用地特措法は、国民から強制的にその私有財産である土地等を取得し、それを米国軍隊に提供することを目的とするものであるから、それが「軍事目的」実現のために制定された法律であることは明白である。

したがって、日本国憲法下において、「駐留軍の用に供する」という軍事目的の実現のために、国民の所有する土地等を強制的に使用又は収用することは「公共性」を持ちえず、憲法二九条三項の「公共のために用いる」場合に該当しないというべきであるから、駐留軍用地特措法が憲法二九条三項に違反することは明らかである。

このことは、日本国憲法制定に伴って改正された土地収用法において、「土地を収用し又は使用することができる公共の利益となる事業」(同法三条)から、旧土地収用法において「公共ノ利益ト為ルベキ事業ノ為収用」しうる「事業」の筆頭に掲げられていた「国防ソノ他軍事ニ関スル事業」が平和主義を理由に削除されたこと、これに関して、第一〇回衆議院建設委員会における当時の建設省渋江管理局長による「国防・その他軍事に関する事業、……が公益事業の一つとしてあがっておりましたが、新憲法の下におきましては、当然不適であると考えられますので、これを廃止することにいたしております」との政府見解、第四六回国会衆議院建設委員会における当時の河野建設大臣の「軍施設を『公共の』の範囲に入れるということは適当でない。」旨の国会答弁に照らしても、明白である。

四 憲法三一条違反について

1 駐留軍用地特措法に定める手続は、土地収用法に比してその手続を著しく簡略化しており、適正手続を保障した憲法三一条に違反する、との原審における上告人の主張に対し、原判決は、行政手続についても憲法三一条の保障が及ぶと解しながら、駐留軍用地特措法は憲法三一条に違反しないと判示した(一六八〜一七三頁)。

しかし、右判示は、以下に述べるように誤っている。

2 原判決は、土地収用法で事業認定申請書の添付書類として義務づけられている事業計画書が、駐留軍用地特措法ではそれに相当する書面の添付が義務づけられていないことについて、使用認定申請書中の「使用の認定を申請する理由」欄には使用認定要件について具体的理由が記載されるのであるから、使用認定機関も右申請理由に対し、使用認定の要件の充足性について判断ができ、したがって、事業計画書に相当する書類の添付を義務づけていなくとも、土地所有者等の権利保護に欠けることはないと判示した(一七〇〜一七一頁)。

確かに、原判決の指摘のとおり、右特措法に基づく使用認定申請書中の「使用の認定を申請する理由」欄には、使用認定要件についての理由が記載されていることから、使用認定機関が右申請理由に対して、使用認定要件の充足性の有無を判断しえないということはできない。

しかし、問題は、土地収用法では、起業者(申請者)と認定権者は峻別され、事業の認定を行うべきか否かの判断は、起業者から別個独立した認定機関によって行わせ、もって事業認定の判断の公正さを担保しようとしているにもかかわらず、駐留軍用地特措法では、申請者は防衛施設局長であり、認定権者は内閣総理大臣だと規定されているが、総理大臣は総理府の主務大臣として外局たる防衛施設局の長を監督する地位にあり、両者が実質的に同一性を有するということである。これでは、使用認定の判断にあたって、実質的な公正さは担保されず、申請=認定という図式が成立するといわざるをえない。その結果、駐留軍の必要性のみによって、土地等の強制使用が認められることに帰着してしまい、土地所有者等の権利保護に著しく欠けることにならざるをえないのである。

3 原判決は、土地収用法においては、事業認定申請書及びその添付書類が公衆の縦覧に供され、事業認定について利害関係を有する者は意見書を提出できるのに対し、駐留軍用地特措法では右の手続が行われないことについて、右特措法は、使用・収用認定申請書に土地等の所有者等の意見書を添付することを義務づけていること、関係行政機関の長及び学識経験者からの意見聴取の制度を設けていることから、土地収用法に比し、事前に意見を述べることのできる者の範囲が限定されていたとしても、土地所有者等の権利保護に欠けるとはいえない旨判示した(一七一〜一七二頁)。

しかし、土地収用法が土地所有者等のみならず、広く利害関係人(土地所有者及び関係人はもちろん、必ずしも起業地内の住民に限られておらず、法律上の利害関係だけでなく、経済的、社会的利益等の事実上の利害関係を有する者をも含む。)の意見書の提出を認めているのは、公用収用又は公用使用による影響力は土地所有者等のみに限定されず、広く住民に及ぶことになることから、法律上の利害関係に限らず、事実上の利害を有する者からも意見を聞いて、事業認定の判断の公正を担保し、もって、土地所有者等の権利保護を十分ならしめようとしたためである。右特措法に基づく使用認定の影響力が土地所有者等のみに限定されないことは、土地収用法に基づく公用収用・使用の場合と基本的に異ならないのであるから、両者をことさら区別する合理性は何ら存しない。

よって、利害関係人からの意見書の提出を認めていない駐留軍用地特措法は、使用認定の公正さを担保するには不十分であり、土地収用法に比して、土地所有者等の権利保護に欠けるといわざるをえないのである。

4 原判決は、土地収用法で設けられている公聴会の制度が駐留軍用地特措法には存しないことについて、右特措法には、土地所有者等に対して意見書を提出する機会が与えられていること、関係行政機関の長及び学識経験者の意見を求めることができる旨規定されていること等から、公聴会の制度が設けられていないことをもって、土地所有者等の権利保護に欠けるということはできない旨判示した(一七三頁)。

しかし、土地収用法は、土地所有者等を含む利害関係人に意見書提出の機会を付与している(二三条)うえに、土地の管理者及び関係行政機関(二一条)、並びに学識経験者(二二条)から意見聴取ができる旨を規定しており、これらに加えて別個に公聴会の制度を設けているのである。これらは、公衆の面前で、事業によって影響を受ける利害関係人の意見を聞くことにより、事業認定の判断の公正を保持しようとしたためである。したがって、土地所有者等の意見書提出の機会や関係行政機関の長及び学識経験者からの意見聴取の制度は、公聴会の制度に代替し、または包摂されうるものではない。公聴会の制度の欠如は、事業認定の公正を保持することを不十分ならしめ、その結果、土地所有者等の権利保護に欠けるといわざるをえないのである。

5 以上のように、駐留軍用地特措法は、申請者と認定権者が実質的に同一であるうえ、認定要件の判断にあたっての公正さの担保について、土地収用法に比して簡略化し不十分な規定しか設けていない。これでは認定の判断を公正に行うことはできず、土地所有者等の権利保護に欠けるといわざるをえないのであるから、憲法三一条の適正手続の保障に反することは明らかである。

第二点 駐留軍用地特措法の適用違憲ないし運用違憲

一 上告人の主張に対する原審の判断

上告人は、原審において、駐留軍用地特措法を本件各土地の強制使用手続のために適用することは、憲法前文、九条、一三条、二九条、一四条、九二条及び九五条の各条項に違反するので、その適用において違憲であることを主張した(被告第一準備書面一〇四頁以下、同第三準備書面四〇六頁以下)。

これに対して原判決は、都道府県知事は、その署名等代行事務にあたって先行行為である使用認定の有効性について審査権を有しないとし、裁判所の審査の範囲はその都道府県知事の審査権の範囲内でなされうるに過ぎない、という立場をとることを前提に、駐留軍用地特措法の適用違憲が存するとの上告人の主張を、本件各土地の強制使用認定処分のみに対する主張であると限定的にとらえた結果、上告人の右主張は都道府県知事の審査権のない事柄であるから本件署名等代行事務を拒否する理由にはできず、主張そのものが失当であるとのみ判示し、結局、駐留軍用地特措法の適用違憲の有無について十分な判断を示さなかった(二一〇頁以下)。

二 使用認定の違憲無効にとどまらない駐留軍用地特措法適用の違憲性

1 しかし、そもそも上告人がなしてきた駐留軍用地特措法の適用違憲の主張は、使用認定のみの適用違憲に限定してなしたものではなく、本件各土地の強制使用権原取得のために駐留軍用地特措法を適用することは、同法上のいずれの段階の手続においても、すべてその適用上憲法違反になることを述べたものである。

原審は、おそらく被告第三準備書面四〇六頁の「(駐留軍用地特措法)を本件各土地に適用して使用認定をなすことは、その適用において違憲無効であり、従って、それに基づいてなされた本件の土地・物件調書への署名の請求も前提を欠くものというべきである。」との記述から、上告人の主張を使用認定の適用違憲だけであると解したものと思われる。

しかし、被告第一準備書面一〇四頁以下で明確に述べているとおり、上告人は、「仮に、駐留軍用地特措法が合憲だとしても、それを適用して本件各土地を強制使用することは違憲であり、従って本件立会・署名を求めることも違憲である。」「本件強制使用手続は違憲・無効なものである。」と明確に強制使用手続の各段階全てについての適用違憲を主張しているものである。先に引用した被告第三準備書面についても、それを当然の前提として、都道府県知事は、先行行為である被上告人の使用認定処分の憲法違反を理由に立会署名を拒むことができる、という上告人の主張する法的解釈からすれば、強制使用手続の冒頭段階で被上告人によってなされる使用認定処分が違憲無効であれば、その後の駐留軍用地特措法上の各手続も当然に違憲・違法無効となるものであるので、その旨を述べたに過ぎない。同準備書面の表題は「駐留軍用地特措法を本件各施設の使用のために適用することの違憲性」なのであり、同項の他の部分についても、使用認定の適用違憲のみについて記述したものでなく、同法による強制使用手続の一連の過程すべてについてその適用が違憲であることを主張しているのは明らかである。

上告人による適用違憲に関する主張がこのように限局されたものではないにも拘わらず、なぜ原判決が敢えて意図的に使用認定だけに関する主張と限局して解釈したのかについては推察するに難くない。すなわち、駐留軍用地特措法の適用違憲性を審査するにはどうしても避けられなくなるその根拠となる事実の審査を何がなんでも回避しながら性急に判決をなすことを第一の目的として、そのために上告人の主張を右のように限定的に解釈することによって、「行政機関の権限の分属に伴う相互的尊重を根拠とする先行行為の違法性の審査権の不存在」という法律解釈論だけで上告人の主張を失当と退ける筋道を見いだそうとした、結論ありきの不当な審理態度に基づくものと言わざるを得ない。

2 上告人が主張している駐留軍用地特措法の適用違憲は、使用認定の違憲性にとどまらず、後行の各手続それ自体の適用において違憲性をもたらすものであることは当然である。

駐留軍用地特措法による土地等の強制使用手続は、大まかに言えば、起業者による事業のための準備手続、内閣総理大臣による使用認定手続、土地・物件調書作成など防衛施設局長による使用裁決申請の準備手続、収用委員会による使用裁決手続といった一連の処分や事実行為の過程を経なければならない。そして、それらの手続全てが、対象となる土地等の強制使用を目的とするものであり、それらの一つでも欠ければ土地等の強制使用はなされえないものである。使用認定は、その過程での重要な一つの処分であるということはできるとしても、その処分のみから直ちに土地等の強制使用権原の発生という法的効果が発生するものではない。

そして、本件各土地に対して駐留軍用地特措法を適用することによって右各土地が駐留軍に提供される結果、上告人が主張してきた適用違憲を基礎づける基地被害などの様々な事実がもたらされるのである。したがって、それらの事実は、使用認定処分の違憲無効をもたらすのみならず、この一連の手続の全ての処分ないし事実行為について違憲状態を招来させるものである。

なお、原判決は、知事の審査権の範囲や公益性の審査などにあたって、「本件署名等代行の効果は、……土地所有者等が土地・物件調書の記載事項について真実でないことを立証しない限り異議を述べることができないという推定的効力が発生すること……及び那覇防衛施設局長による裁決申請に必要な添付書類の一つが整うにすぎないのであって、本件署名等代行事務の執行が直ちに被告主張のような不利益を招来するものではな(い)」(二六五頁)とするなど、駐留軍用地特措法適用の各段階の効果を局限してとらえて矮小化しようとしている。しかし、適用違憲の判断においてこのような法的効果の「輪切り」は許されず、一連の手続の結果もたらされる法的効果の点から合憲性が問題とされるべきである。なぜなら、同法適用の各段階の手続はそれ自体のみをもって完結的に強制収用の効果をもたらすものではないが、それら個別の手続の違憲性を争えないとした場合、一連の行為の結果は違憲であるのにその一部をなす各個の行為が合憲とされることになり、違憲性を争う手段を著しく奪われることになるからであり、また、署名等代行の手続もその最終的な目的は当該土地・物件の強制収用にあるのであって、それが違憲というのであれば、その準備手続である署名等代行事務も全く無意味であるばかりか、これを法律上命令することは、結果として違憲な法的効果に向けられた準備行為への加担を命ずるという不当な結果になるからである。

よって、裁判所は、上告人が主張している事実を審理した上で、被上告人が上告人に対して請求している本件各土地に関する駐留軍用地特措法に基づく土地調書への立会・署名自体が同法の適用上違憲の行為であるかどうかも審査しなければならないのである。

3 また、上告人による駐留軍用地特措法の適用違憲の主張は、本件強制使用手続そのものの違憲性を明らかにするものではあるが、それにとどまるものではない。

駐留軍用地特措法は、その他の関連法令の運用とあいまって、在沖米軍基地の存在について憲法違反の状態をもたらしているものであるから、駐留軍用地特措法の運用自体が違憲というべきである。

すなわち、運用違憲とは、法令それ自体を合憲としつつ、法令の運用の実態を審査し、そこに違憲の運用が認められるとき、その一環としての運用である当該事件の措置を違憲・無効とするものである(伊藤正己「憲法第三版」弘文堂・六四二頁)。もっとも、運用違憲という違憲審査方法について、当該行為への適用とは全く無関係に法令の運用を問題にする場合には事件性を欠くものとして裁判所の司法審査の対象外となるのではないかとの疑問が或いは生じうるかもしれないが、問題となる行為が、違憲の結果をもたらす運用の一環として、現実に違憲の結果の一因となっている場合には、事件性に欠けるところはなく(民法における共同不法行為が想起されよう。)、その運用全般を司法審査の対象とすることに何ら問題は存しない。

この運用違憲という違憲審査の手法は、多数の行為が密接に関連、作用して、一連の行為の集積として憲法に適合しない状態を生じさせているが、この一連の行為をことさらに格別の行為に分断し、個々の行為の効果のみを取り上げた場合には、個別の行為の効果自体は直ちに憲法違反とまでは言い難い事案について、事柄の本質に即して正義衡平に適った結論を導くことのできる優れた手法である。そして、ここにいう法令の運用とは、必ずしも単一の法令の運用を指すものではなく、同一の目的のために、複数の法令が密接に関連して運用され、その全体の集積として一定の結果を生じさせている場合には、いわば複合体をなす一連の法令の運用全体が審査の対象となるものというべきである。

そして、駐留軍用地特措法は、日米安保条約、地位協定に基づき、米軍に対して施設・区域(基地)を提供することを目的とする法律であり、また「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う国有財産の管理に関する法律」などの米軍基地提供を目的とする一連の法令と密接に関連しているものであるから、かかる一連の法令の運用の実態、すなわち米軍基地提供の実態について、その運用全体が憲法に適合するか否かを検討しなければならない。つまり、前項2のとおり本件各土地の強制使用手続それ自体の違憲性も問われなければならないのは当然として、本件各土地の強制使用の経過とそれが直接もたらす効果、権利侵害のみを検討すれば足るというのではなく、本件各土地の存する各施設、ひいては在沖米軍基地全体の米軍基地としての運用とそのもたらす被害の実態、これらに対する駐留軍用地特措法など関係法令適用の実態をふまえた違憲性の判断をすべきなのである。各土地の強制使用の効果をそれぞれ分断してとらえ、その一筆一筆の強制使用が直接もたらす効果のみに目を奪われれば、そのような基地提供行為の集積による沖縄県民に対する重大な権利侵害の事実が見過ごされることになるといわざるを得ない。

以上を前提に、本件各土地に対する駐留軍用地特措法の適用が憲法の各条項に違反することを順次明らかにする。

三 安保条約目的条項を逸脱する米軍の駐留の憲法九条、前文への違反

1 日米安保条約六条は、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与する」という目的のためにのみ米軍による施設及び区域使用を認めている。これを受けて駐留軍用地特措法は、かかる目的のため米軍用地を提供するための強制収用手続を定めたものである。

ところで、旧安保条約を「違憲無効であると一見極めて明白」とは認められないとした砂川刑特法事件最高裁判決は、その根拠として、憲法九条の存在にもかかわらず否定できないという「わが国が主権国として持つ固有の自衛権」を前提にした上で、「わが国がその(米軍の)駐留を許容したのは、(憲法九条に基づき戦力を保持しないことによって生ずる)わが国の防衛力の不足を、平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼して補おうとしたものに外ならない」からであると判示した。同判決は、わが国の自衛権行使のための防衛力の不足を補う目的を超える外国軍隊の駐留については、憲法前文及び九条に違反することがありうることを前提としていると解される。安保条約が前記の目的を定めたのも、同条約自体も憲法前文及び九条が定める戦争の放棄を中心とした平和主義の原理に記載されることを前提に、わが国固有の自衛権の行使を補う目的であることを明らかにしたものと解さなければならない。したがって、安保条約六条の目的を逸脱した実態を有する米軍に施設を提供する強制使用手続をなすことは、安保条約上の義務履行とはいい得ず、駐留軍用地特措法違反の違法を招来することはもとより、憲法前文及び九条にも反するものである。

よって、裁判所は、安保条約及び駐留軍用地特措法の条文上の解釈だけにとどまることなく、今日の在日米軍基地、なかんずく本件で問題となっている在沖米軍基地の各施設に関し、その活動の実態と機能についての事実審理を踏まえた上で、それらが安保条約の目的を超えて違憲、違法な存在となっているかどうかを審査しなければならない。

2 そして、事実調べを行えば、上告人が原審において主張したように、在日米軍基地が、前記駐留目的を逸脱して、極東を超える広範な地域において日本の自衛権行使とは無関係であるアメリカの世界戦略のために使用されている事実が、湾岸戦争やヴェトナム戦争などでの在日、在沖米軍基地の活動の実例で明らかである。例えば一九九一年の湾岸戦争では、在日米軍基地から約一万五、〇〇〇人以上出動し、うち沖縄からも約八、〇〇〇人以上派遣された。これは在日米軍約四万七、〇〇〇人という数字からすれば相当な比率である。また、一九九五年の米国防総省による東アジア戦略報告や日米安保報告書は、在日米軍が右の「極東」条項を逸脱した役割を担っていることを自認しており、更に同年一一月に発表される予定であった日米共同宣言案における安保「再定義」の日米の共同作業によって、日本政府もそのことは十分自覚しているところである。東アジア戦略報告は、「アジア・アメリカの軍事的前方プレゼンスは、地域的安全保障と、アメリカの地球的規模の軍事態勢の不可欠の要素である。」とし、在日米軍基地も、その中に位置づけながら、「アジアと太平洋におけるアメリカの安全保障政策は、日本の基地の利用や、アメリカの作戦に対する日本の支援に依拠している。」と最重要視しているのである(被告第三準備書面四一一頁以下)。

本件各土地も在日米軍基地のそれらの目的のために使用されようとしているものであり、その強制使用手続のために駐留軍用地特措法を適用することは憲法前文及び九条に違反し、本件各土地調書への立会署名も違憲の行為であるので、上告人はそれに応じる義務は存しない。

なお、先の最高裁判決は、安保条約の合憲性の法的判断について、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のもの」であるとして司法審査権の限界に触れている。しかし、同判決は、「一見極めて明白に」違憲無効である場合の司法審査を認めるものであるところ、安保条約を名目上の根拠とする今日の米軍駐留が、わが国の自衛権に基づく防衛力の不足を補う目的を逸脱してわが国の防衛と直接関係のない西太平洋からインド洋全域の広範な地域でアメリカの世界戦略実行のために活動していることは、安保条約の一方当事者である米国防総省当局や米軍当局自体さえも認めている事実であり、「一見極めて明白に」違憲な状態となっているのは明らかであって、裁判所がその審査を回避することはおよそ許されないものである。

四 様々な基地被害ないしその危険をもたらしている在沖米軍基地の使用のために駐留軍用地特措法を適用することによる平和的生存権侵害

在沖米軍基地は、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、湾岸戦争など、戦後五〇年間の度重なるアジア地域での米軍の交戦によって、その交戦相手国から反撃を受けてもやむを得ない状況におかれ、このため基地周辺住民は、直接の戦争行為による生命、身体、財産に対する危険にさらされてきた。また、基地周辺住民は、そのための戦争準備行為としての基地の設置運営と演習による様々な生活被害を被ってきた。それは、キャンプ・ハンセンにおける実弾演習による住民地域への被弾や騒音、読谷補助飛行場におけるパラシュート降下訓練による数多くの事故、米軍航空機の墜落事故、嘉手納飛行場や普天間飛行場の運用による爆音被害、そして米兵の性犯罪を初めとした凶悪犯罪など例を挙げればきりがないものである(被告第三準備書面四二三頁以下、三〇九頁以下など)。これら基地設置と運用に必然的に伴う様々な加害行為は、基地周辺住民の平和的生存権を侵害するものである。

原判決が、平和的生存権について、「『軍事目的』という概念が多義的又は抽象的であり、『平和』という概念が抽象的」などとしてその具体的権利性を否定した点については、前述のとおり反論したところである。そして、本項で上告人が主張している平和的生存権の侵害を基礎づける諸事実が、多義的な解釈を許すものでないことは明らかである。米軍の戦争行為による在沖米軍基地への反撃による住民の生命、身体、財産への被害やその危険が、戦争行為の一部をなす戦闘行為を直接の原因とするものであって、それが戦争によって生命、身体、財産を侵されることなく平和のうちに生存する状態と対極をなす人格的利益の侵害であることは、どのように「平和」の意義を相対化しようとしても否定しようのないことである。また、上告人が主張した在沖米軍基地に起因する事件事故による被害が、平和的生存権が侵害を禁じている「軍事施設の設置による国民の健康や生活環境への被害」であることも、他の解釈の余地を残さないものである。

よって、駐留軍用地特措法の運用実態は違憲というべきであり、同法を本件各土地に適用して強制使用手続をなし、米軍基地を存続させることは、憲法前文、一三条などによって保障された平和的生存権を侵害するものであり、同法の手続の一環としてなす本件調書への知事による立会署名も、平和的生存権を侵害する違憲の行為として許されないものである。

五 嘉手納飛行場設置による憲法一三条で保障される個人の生命、身体、健康、自由などの利益の総体としての人格権の侵害

嘉手納飛行場におけるすさまじい爆音によって、周辺住民は、難聴、頭痛などをはじめとした健康被害、睡眠妨害、精神的被害、日常会話の妨害その他の生活妨害等広範な生活被害を受けており、これらが違法な権利侵害となっていることは、原審で引用した判決(那覇地方裁判所沖縄支部一九九四年二月二四日判決)などからも明らかなことである。これは憲法一三条によって保護される個人の人格に本質的な生命、身体、精神及び生活に関する利益の総体としての人格権を侵害するものである。

そして、軍事公共性が基本的人権制約の根拠となり得ないこと、嘉手納飛行場を使用する在沖米軍の活動が安保条約の目的を逸脱していること、同飛行場の設置の経過の違法性などからすれば、右施設の使用のための駐留軍用地特措法適用による強制使用手続もすべて人格権を侵害する違憲の行為として許されないというべきである

六 駐留軍用地特措法を在沖米軍基地の使用のために適用することの憲法二九条違反

1 上告人は、本件に財産権制約法令である駐留軍用地特措法を適用して本件各土地の強制使用手続を行うことについては、憲法二九条三項の「公共のため用いる」場合に該当せず、その適用は憲法二九条に違反する旨主張した。この主張に対し、原判決は、「本件署名等代行事務の執行が違憲違法である又は本件における特措収用法三六条五項の適用が違憲であるとの被告の主張は失当であると言わざるを得ない」(二三一頁)と判示するに止まり、なにゆえ本件への駐留軍用地特措法の適用が憲法二九条に違反しないのか、換言すれば本件への適用が「公共のために用いる」場合に該当するのかについて、その理由を全く明らかにしていないのであるから、理由不備として到底破棄を免れない。

2 上告人は、本件各土地について駐留軍用地特措法を適用することは、憲法二九条に違反する旨主張したのに対し、被上告人は、日本国が米国に施設及び区域(基地)を提供することは国際法上の義務であるから、その義務の履行のために、本件各土地に駐留軍用地特措法を適用することは「公共のために用いる」場合に該当すると主張した。したがって、本件各土地について駐留軍用地特措法を適用することが「公共のために用いる」場合に該当し、憲法二九条に反しないとするのであれば、まず本件各土地を基地として米国に提供する条約上の義務の根拠が明らかにされなければならない。

そして、原判決は、法令違憲に関してではあるが、「安保条約六条及び地位協定二条に定めるところにより、我が国が米国に対し、同国の陸軍、空軍及び海軍に日本国内の施設及び区域を使用させる義務を負うことは、その文言及び趣旨から明らかである」(一六六頁)と判示する。しかし、日米安保条約六条及び地位協定二条は「日本国において施設及び区域を使用することを許される」と規定するのみで、基地を提供しなければならない義務は定められていない。すなわち、「日本国が米軍に対して施設・区域の使用を許可するのであるから、施設・区域の使用を許すも許さないも日本国の自由であり、またその前提として施設・区域を設定するもしないも日本国の自由である、と理解される」(本間浩「日米地位協定概論」神奈川県渉外部基地対策課・四四頁)のである。

仮に、日米安保条約が日本国の基地提供義務まで定めたものだとしても、それは抽象的なものに過ぎず、具体的に本件各土地を含む特定の土地を基地として提供する義務がこの規定から直ちに生ずるものではない。日米安保条約六条から、直接的に本件各土地の提供義務が認められるとしたら、霞が関や銀座に所在する土地をはじめ日本全土全てについて基地として提供する義務を負っていることになり、このような解釈が採りえないことは明らかである。

したがって、日本国が米国に対して本件各土地を基地として提供する義務があるとすれば、それは本件各土地を提供する旨の合意が存することが必要である。しかし、被上告人は、その合意が、いつ、どのような手続をもって、どのような内容で締結されたのかについて全く主張していない。上告人が合意の内容について求釈明したのに対して、被上告人は「原告第二準備書面第六、三に記載において釈明したとおり」としか答えず、右書面第六、三には「本準備書面第四、三で述べたとおり」とあるが、そこに記載があるのは、プライス勧告、佐藤・ジョンソン共同声明(一九六五年、一九六七年)、佐藤・ニクソン共同声明、沖縄返還協定、佐藤・ニクソン共同発表、沖縄返還協定及び了解覚書であるが、このいずれにも本件各土地の提供合意はなく、被上告人の主張はそもそも失当であった。ところが、原判決は、一九七二年五月一五日に「日米合同委員会は、安保条約六条及び地位協定二条に基づき米軍が沖縄県において使用を許されている施設及び区域の提供等について合意した……本件各土地はいずれも右提供に係る施設及び区域に含まれている」(八頁)と認定した。上告人が結審当日まで再三にわたって基地提供の合意とは具体的に何を指すのかを求釈明したのに対して原審は釈明権を行使しなかったにもかかわらず、突如として被上告人が主張もしない日米合同委員会における合意の存在を認定したことは、弁論主義に違反する不意打ち認定である。

また、上告人は、本件各土地を提供する合意が存在するとすれば、その提供期間の定めはどうなっているのかを再三にわたって求釈明し続けたが、原審は遂に釈明権を行使せず、被上告人も提供期間については一切主張を明らかにせず、何らの立証も行わなかった。そして、この提供期間については原判決は「我が国は、安保条約六条に基づく地位協定二条に基づき、米軍に日本国内の施設及び区域の使用を許さなければならず、沖縄返還協定、前記了解覚書、施設及び区域の提供等に関する協定により、米国に対し、沖縄の復帰の日以来、本件各土地を含む施設及び区域を米軍の用に供する義務を負担し、これに基づき、本件各土地を現在に至るまで米軍の用に供しており、所定の手続を経ないうちはこれをなお米軍の用に供することを義務づけられているのである」(二六三頁)と認定した。これは、要するに、米軍が使用を継続する限り提供し続けるという不確定期限を定めたものであり、米軍が必要とする限りは未来永劫に提供し続けなければならないという義務を日本国が負担しているということであろう。しかし、国有地についてならばともかく、民有地については、国内法上最長でも二〇年間の賃貸借契約しか締結できないのであるから(民法六〇九条)、日本国は民有地について二〇年を超える使用権原を取得し得ないこととの整合性がなく、何らの理由も示すことなく不確定期限と解される提供期間を認定したことには理由不備の違法があり、原判決は破棄を免れない。

3 本件各土地について、日本国は米国に対して返還請求をしうるものであるから、本件各土地の提供義務はない。

地位協定二条二項は、日本国政府及び合衆国政府は「施設及び区域を日本国に返還すべきこと」を合意することができるとし、同条三項は「合衆国軍隊が使用する施設及び区域は、この協定の目的のため必要でなくなったときは、いつでも、日本国に返還しなければならない。合衆国は、施設及び区域の必要性を前記の返還を目的としてたえず検討することに同意する」としており、必要性がなくなれば、日本国は米軍に対して返還を求めることができることが定められている。

この必要性の判断基準について、まず参考となるのが、「ドイツ連邦共和国に駐留する外国軍隊に関して北大西洋条約当事者間の軍隊の地位に関する協定を補足する協定」(ボン協定)である。同協定四八条五項aでは「軍隊又は軍属の当局は、使用する土地の数と規模が必要最小限に限定されていることを保証するために、絶えず土地の需要を点検する。これに加えてドイツ当局の要請がある時、個々の特殊な場合における需要を点検する。」とされ、同項bには「共通の防衛任務を考慮したうえでドイツ側が土地を使用することによって得る利益が大きいことが明白な場合、ドイツ当局の明渡し請求に対し、軍隊又は軍属の当局は適切な形でこれに応ずる。」とされている。そして、これを受けたボン協定の署名議定書の「四八条について」には、「軍隊又は軍属が占有している土地の返還又は交換について、ドイツの民間の基本的必要性、とくに国土整備、都市計画、自然保護及び農業上並びに経済上の利益に応じるため、交渉を行う、派遣国の当局は、その際連邦政府の申請を誠意をもって考慮する。」と具体的な判断基準が示されている。地位協定の締結について、いわゆる安保国会において藤山愛一郎外相は、「原則としてNATO協定と比して遜色のないものを作るということでございます。それらのものを勘案してできましたものは、NATO協定の長所を取り入れると同時に、さらに日本の実情に即しましたように改善されている点があろうと思っております。」(「参院安保委」第七号)と述べている。地位協定がNATO協定(藤山は、この語に、NATO協定とボン協定の両方を含めている)と比べて、「遜色のないもの」であり「改善されている点」さえあるならば、地位協定上の基地提供の「必要性」についての解釈は、ボン協定に具体的に示されている基準に加え、さらに日本の住民や地方公共団体の利益に配慮した判断基準によらなければならないものと解される。

そして、このことは、地位協定の実施のための国内法である「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う国有の財産の管理に関する法律」が、「その使用を許すことが産業、教育若しくは学術研究又は関係住民の生活に及ぼす影響その他公共の福祉に及ぼす影響が軽微であると認められるもの以外のもの」については、米軍に使用を許すことができないし、すでに使用されている土地については返還を求めることができることを想定していることからも裏付けられている。すなわち、地位協定上、このような場合には、米軍は土地を使用する必要性がないものと解釈されるからこそ、国内法でもこのような規定が設けられているものと解されるのである。したがって、国土整備、都市計画、自然保護、産業、教育、学術研究、関係住民に及ぼす影響、その他公共の福祉に及ぼす影響等に照らして、土地の返還を求める必要性が高い場合には、国は返還を求めることができると解される(本間浩「在沖米軍基地と日本国内法令」駿河台法学第七巻二号・八五頁参照)。

そして、原判決は、沖縄における米軍基地が、県民の生命や健康に被害をもたらし、環境を悪化させ、地域振興開発の阻害要因となり、地方公共団体に著しい行政事務の過重な負担を負わせているという事実を認定している(三八〜四六頁)。

したがって、右認定事実よりすれば、沖縄の米軍基地については提供の必要性を欠き、日本国は米国に対して返還を求めることができるのであり、提供義務を負うものではない。原判決(二六三頁)が、本件各土地について、日本国が米国に対して本件土地を提供することを義務づけられていると認定したことは、地位協定二条の解釈を誤り、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであり、ひいては理由不備、理由齟齬の違法がある。

そして、本件各土地について、米軍への提供義務が認められない以上、「公共のために用いる」場合に該当しないことは明らかであるから、本件各土地に駐留軍用地特措法を適用して上告人に立会・署名を命じた原判決は、憲法二九条に違反し、破棄されねばならない。

4 また、仮に本件各土地を含む各施設について、日本国が米国に提供する国際法の義務が存するとしても、本件各土地を提供しなくとも、基地機能上の支障をきたすものではないから、義務違反が生ずるからといって、直ちに人権(財産権)を制約するやむにやまれぬ正当事由たる公共性が認められるものではない。

(一) 上告人は、本件各土地について「代替性の存する施設内のもの、遊休化した施設内のもの、黙認耕作地、施設フェンスの外部に所在しているもの、施設内外を区分するフェンスの内部にあるが、それに近接して所在しているもの等、それが返還されても基地機能には全く影響のない土地が存する」(被告第一準備書面一〇八頁)と主張し、これに対して被上告人は「駐留軍用地は、多数の土地によって構成され、その性質上不可分一体となって駐留軍の施設及び区域として機能している」(原告第二準備書面四五頁)と反論した。そして、原審は、上告人が本件各土地が返還されても基地機能に影響が存しないことを立証するために本件各土地の検証の申出、本件各土地の所有者の証人申請をなしたが、これをことごとく斥け、本件各土地は「施設内の他の土地と一体となって有機的に機能している」(一七〜二三頁)と判示したが、何らその認定の理由を示さず、理由不備の違法がある。

(二) また、原判決が本件各土地について、「施設内の他の土地と一体となって有機的に機能している」と認定したことは採証法則に反するものである。

例えば、瀬名波通信施設内の新垣昇一所有土地(原判決別紙土地目録1)について言うと、甲二号証の五ないし七によれば、施設のフェンスに接した、一筆の土地を半分に区切った三角形の土地であり、その土地上には実際には何の構築物も設置されていない事実が認定できるが、これを返還したとしても何ら基地機能に支障が生じるものとは認められない。

キャンプ・シールズ内の土地(原判決別紙土地目録6)について言うと、甲五号証の五及び七並びに甲四一号証の別紙七からは、被上告人が島袋善祐氏の所有土地と主張する土地は、右土地上には何らの構築物も設置されておらず、近接する施設はソフトボール場だけである。そして、右土地はフェンスに近接しているが、フェンスの向こうは県道二六号線であり、道の向こう側には民家がたち並んでいる事実を容易に認定できる。これを返還したとしても、基地機能に何ら支障が生じるものとは認められない。

嘉手納弾薬庫地区内の土地(原判決別紙土地目録5)については、甲三号証の五及び七によれば、弾薬庫から保安上必要な距離を超えて遠く離れ、フェンスに隣接もしくは近接し、当該土地上には何らの構築物も設置されていない土地が存する事実が認められるが、これを返還したとしても、基地機能に何らの支障が生じるものとは認められない。むしろ、甲三号証の五及び七からは、米軍基地として囲い込んだ広大な土地がただ遊休化している事実が判明し、日米両政府が真剣に取り組めば、米軍基地の整理縮小が可能であることが容易に判明するものである。

甲六号証の五からは、トリイ通信施設(原判決別紙土地目録4)について、甲七号証の一〇からは、嘉手納飛行場(原判決別紙土地目録7)について、甲八号証の五からは、那覇港湾施設(原判決別紙土地目録8)について、それぞれフェンスに隣接もしくは近接し、当該土地上には何らの構築物も設置されていない土地が存する事実が認められ、これらの土地を返還したとしても基地機能に支障が生じるものとは認められない。

以上のとおり、本件各土地には基地機能そのものに関わるものではない周辺部の土地が多数存在し、これらの土地を返還しても基地機能には支障が生じないものというべきであるから、原判決が本件各土地について「施設内の他の土地と一体となって有機的に機能している」と認定したことは採証法則に反したものであり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

(三) 右に述べたとおり、本件各土地を提供できないからといって、本件各土地の所在する各施設の基地機能が害されるとか、ましてや日本国や極東の安全に支障が生じるわけではない。また、もともと日米両国の基地提供についての合意は、民有地についても所有者の意思を何ら考慮することなく締結したものであるから、日本国が当該民有地の使用権原を取得できないため提供義務の履行が後発的不能になる事態を、当然合意の締結時点で日米両国は想定している筈であり、本件各土地が提供できないからと言って、国際的に日本国が非難される謂われはない。

したがって、本件各土地について、日本国が米国に対して基地として提供する義務があるとしても、その義務履行の必要性をもって、人権制約原理たる公共性が認められるとは言えず、所有者の意思に反して財産権を制約することは許されない。

仮に、本件各土地を米軍基地として提供する義務が存するとしても、本件各土地を米軍基地として提供することは「公共のために用いる」に該当せず、本件に駐留軍用地特措法を適用して知事に立会・署名を命じた原判決は憲法二九条に違反するものである。

5 憲法が財産権を保障したのは、それが人間の自由なる生存の前提であり、個人の生き方そのものにかかわり精神的自由とも分かちがたい結びつきを有しているからである。

本件各土地について、所有者らは、祖先伝来の土地に生活の場を築きたい、戦争のためではなく生産の場として使用したいという強い願いをもって、米軍基地として提供することを拒否しているものであり、この個人の自律的生存にかかわる生存的財貨を政策的に強制使用することは許されない。

本件各土地に駐留軍用地特措法を適用して上告人に立会・署名を命じた原判決は憲法二九条に違反するものであり、破棄されねばならない。

6 本件各土地に対して駐留軍用地特措法を適用して財産権の制約を継続することは、到底必要最小限度の制約とは言えない。

原判決は、沖縄における米軍基地形成過程について、次の事実を認定した。「沖縄においては、第二次大戦の末期、沖縄本島の全域にわたって、五〇日間に及ぶ日米両軍による激しい地上戦が展開された。その結果、軍関係者ばかりでなく、一般住民もこれに巻き込まれ、一六万人を超える人々がその犠牲となった。戦後、沖縄は米軍の支配下に置かれ、昭和二六年九月八日のサンフランシスコ平和条約の締結により我が国が独立した際には本土から分離され、米国の施政下に置かれた。沖縄が本土復帰したのはそれから二一年後の昭和四七年のことである」(三一〜三二頁)。「第二次大戦後、沖縄をその施政下においたアメリカ合衆国は、極東における沖縄の軍事的、戦略的役割に着眼して沖縄に軍事基地を建設し、これを長期的に使用する意向を有していた」(六頁)。「戦後、沖縄を占領した米軍は、旧日本軍の施設及び区域ばかりでなく、公有地や民有地をも強制的に接収して本島中部地区を中心に軍事基地を構築していった」(三二頁)。「日本国政府は、昭和四七年五月一五日、沖縄の復帰に伴い、安保条約六条、地位協定二条、施設及び区域の提供等に関する協定に基づき、米軍用地を米軍の使用に供することになり、……合意の得られない一部の土地については、米軍用地の大部分の土地の位置境界が不明で特定できず、特措法の手続によることができなかったため、特別な経過措置として国等が権原を取得するまでの間暫定的に一定期間当該土地を使用することができるようにするため制定された『沖縄における公用地等の暫定使用に関する法律』(以下、『公用地暫定使用法』という。)に基づいてその使用権原を取得した。……昭和五七年五月一四日までに合意を得ることができなかった土地については、『沖縄県の区域内における位置境界不明確地域内の各筆の土地の位置境界の明確化等に関する法律』(以下『位置境界明確化法』という。)に基づく明確化措置により各筆の位置境界が逐次明確化され特措法の手続によることが可能になったので、引き続き駐留軍用地として提供する必要のあるものについては、特措法に基づきその使用権原を取得した。このように賃貸借契約又は特措法の手続により取得した土地でその使用期間満了後も引き続き駐留軍用地として提供する必要があるものについては、所有者との間で賃貸借契約等の合意を得るように努力し、合意が得られないものについては、その都度特措法の手続によりその使用権原を取得した」(一四〜一六頁)。

この認定事実自体は、沖縄戦の教訓、米軍の施政下における「囲い込み」や「銃剣とブルドーザー」による米軍用地接収の非人間的な実態、公用地法や位置境界明確化法の違法性について何ら触れない余りにもお粗末なものである。

しかし、この認定事実からだけでも、沖縄の米軍基地が悲惨さをきわめた沖縄戦に引き続く米軍の占領下で強制的な土地接収で形成されたものであり、地主は、復帰後も公用地法、位置境界明確化法、駐留軍用地特措法によって強制的に財産権を制約し続けられてきたことが判明する。戦後五〇年以上、復帰からでも二三年以上もの長期にわたって強制的に土地を取り上げられ続けてきたのである。民法六〇四条は、賃貸借契約の存続期間は二〇年を超えることはできないと規定しているが、沖縄県民はその意思に反して、民法の定める最長期間の二倍をこえて土地を取り上げられ、これからも継続されようとしている。特定の国民に対してのみ、このような財産権制約を押しつけることは、到底、正当化されうるものではない。沖縄県民に対する加重負担を解消する努力を五〇年余の長期間にもわたって怠ったうえ、財産権制約を今後も継続することは、明らかに本件各土地の所有権に対する必要最小限度の制約を超えるものと言わなければならない。

7 以上述べたとおり、日本国が米国に対して本件各土地を提供する義務があるという被上告人の主張はそもそも失当である。また、仮にその義務があるとしても、その義務違反によって、何ら日本国の安全保障に問題が生じることはない。加えて、本件各土地は個人の生存的財貨であるから、政策的に権利制約することは許されないものであり、また、その制約の限度は到底必要最小限度とは言えないものである。

これらのことよりすれば、本件各土地に駐留軍用地特措法を適用することが「公共のために用いる」場合に該当しないことは明らかであり、本件各土地への同法の適用は憲法二九条に違反するものである。

七 駐留軍用地特措法を在沖米軍基地の使用のために適用することの憲法一四条、九二条及び九五条違反

駐留軍用地特措法は、日米安保条約、地位協定に基づき、米軍に対して施設・区域(基地)を提供することを目的とする法律であるが、本件各土地について基地提供法令の運用の一環として同法を適用することは、運用違憲として、憲法一四条、九二条、九五条に違反するものである。

1 原判決は、沖縄への米軍基地の集中の実態について、次の事実を認定した。

沖縄には、一九九四年四月末現在、県下五三市町村のうち二五市町村にわたって四二施設、二億四五二六平方メートルの米軍基地が存在し、全県土面積の約10.8パーセントを占めている。この沖縄の米軍基地面積は全国の約24.9パーセントを占め、米軍が常時使用できる米軍専用施設については全国のそれの約74.6パーセントが国土面積の僅か0.6パーセントにしか過ぎない沖縄県に集中している(三二ないし三四頁)。

ついで原判決は、狭隘な島嶼県沖縄に極端なまでに米軍基地が集中し、過密化しているために生じた沖縄県民に対する基地被害について、次のような事実を認定した。

米軍の演習、訓練は、空域及び陸域において、恒常的に行われている。水域においては、水対空、水対水、空対空各射撃訓練及び空対水射撃訓練等の演習が行われている。陸域においては、キャンプ・シュワブ、キャンプ・ハンセンで一般演習、小銃射撃、実弾射撃、廃弾処理、爆破訓練が、北部訓練場、金武レッドビーチ訓練場、金武ブルービーチ訓練場、ギンパル訓練場、読谷補助飛行場等で一般演習が恒常的に行われている。キャンプ・ハンセン演習場において、県道一〇四号線越え実弾砲撃演習が多数回実施され、最近の演習においては、三日間で約六〇〇発の一五五ミリりゅう弾砲が発射された。キャンプ・ハンセン内では実弾演習の着弾地周辺に山肌を剥き出し、射撃演習により原野火災が発生し、同キャンプ内を流れる河川から赤土が流出している。嘉手納飛行場及び普天間飛行場の周辺で、航空機による騒音が発生して付近住民の生活環境に影響を与えている。米軍航空機事故については、最近でも一九九四年四月一四日のF―一五機墜落炎上事故ほか五件の事故が発生している。また嘉手納飛行場において一九八六年にPCB漏出事故が発生したと報道されている。読谷補助飛行場においてはパラシュート降下訓練が多数回実施され、これに関連する事故として、一九四〇年の燃料タンク落下による少女圧死事故、一九六五年のトレーラーによる少女圧死事故等が発生し、その後も施設外の農耕地や民家等に落下する事故が起きている。一九七二年五月から一九九五年八月末までの米軍人軍属による刑事事件の検挙件数は全刑法犯の約二パーセントを占め、犯罪検挙人数は全刑法犯の約六パーセントを占める。復帰後の米兵による民間人殺害事件は一九九五年一一月末までに一二件発生し、近年では、一九九三年二月の海軍兵による強姦致傷事件、同年四月の金武町における海兵隊員による殺人事件、一九九四年七月の海兵隊員による日本人女性殺人事件、同年九月の米兵三人による少女拉致暴行事件などがある(三八ないし四二頁)。

また、原判決は、沖縄における広大な米軍基地の存在が、沖縄における地域振興開発の重大な阻害要因となり、行政事務の過重負担となっていることについて、次の事実を認定した。

一九九二年に国において策定された第三次沖縄振興開発計画では、沖縄の米軍施設及び区域について「そのほとんどが人口、産業が集積している沖縄本島に集中し、高密度な状況にあり、この広大な米軍施設及び区域は土地利用上に大きな制約となっているほか、県民生活に様々な影響を及ぼしている」という認識を示している。那覇市に所在する那覇港湾施設は、那覇空港、国道五八号、国道三三二号と隣接し、県道七号線の起点ともなり、那覇市の都心部に近い。沖縄市には、米軍基地として七施設があり、同市の面積の約三七パーセントを占めている。読谷村には、米軍施設として五施設があり、同村の面積の約四七パーセントを占めており、道路計画推進の大きな制約要因となっている。基地対策を担当する部署として、沖縄県には総務部知事公室基地対策室が置かれ、関係市町村にはそれぞれ主管の部署が置かれ、事実調査、基地関係事務の処理、関係機関及び米軍当局への要請、抗議等に当たっているが、これらの行政事務は、沖縄県及び関係市町村の過重な負担となっている(四二ないし四六頁)。

2 日米安保条約は、日本全土を対象とするものであるから、沖縄県民にのみかかる米軍基地の負担を強いることは、法の根本理念たる正義衡平の観念に照らして到底容認しうるものではない。仮に、米軍に提供する土地の場所や規模の決定について、地理的、歴史的条件などが考慮要素となり、その決定が行政府の裁量事項であるとしても、沖縄県への米軍基地の集中の現状は、一般的に合理性を有するとは到底考えられない程度に達しており、行政府の裁量の限界を明らかに超えているものと言わなければならない。そして、原判決も「被告が本件署名等代行事務を拒否した背景には背景事実記載のような事実が存在しており、被告は、その本人尋問において、特に、沖縄の本土復帰後二三年の間に米軍基地は本土では六〇パーセントも縮小しているのに沖縄県では一五パーセントしか縮小していないこと、政府は、米軍による事件事故が発生した場合、本土においては素早い対応を見せるが、沖縄ではそうではないなど沖縄は本土に比し米軍基地について過重な負担を強いられていること、しかし、米軍に対する基地の提供が我が国の安全保障上欠かせないものであるというならば、全国民が平等にこれを負担すべきであることを強調する。そして、沖縄県民の命と暮らしを守ることを指命とする沖縄県における行政の首長としての立場からは現状のままでの米軍基地の維持存続につながりかねない署名等代行をすることはできないとしてその心情を吐露している。これらの事情に鑑みると、被告が沖縄における基地の現状、これに係る県民感情、沖縄県の将来等を慮って本件署名等代行事務を拒否したことは沖縄県における行政の最高責任者としてはやむを得ない選択であるとして理解できないことではない……沖縄における米軍基地の問題は、被告の供述にあるとおり、段階的にその整理、縮小を推進すること等によって解決されるべきものであり、前提事実及び背景事実に照らすと、この点についての国の責任は重いものと思料される」(二四一〜二四三頁)と判示して、沖縄への米軍基地の過重負担を解消して不平等を是正すべき国の責任を認めている。

そして、この沖縄にのみ異常なまでに基地が集中する状態は、戦後五〇年以上、復帰からでも二三年以上にも及んでいる。復帰当時の米軍専用施設の施設面積は、沖縄県二万七八九三ヘクタール、本土一万九七〇〇ヘクタールであり、既に復帰時点から沖縄県と本土の間では、著しい不平等が生じていたのであるから、復帰時から、国は沖縄県への基地集中を解消し、本土との不平等を是正すべき責務を負っていることは明らかであった。ところが、本土の米軍専用施設については、復帰時と比べて約六〇パーセントの米軍基地が減少したのに対し、沖縄県では今日においても約一五パーセントしか減少しておらず、かえって本土との格差が著しく拡大しているのである。復帰以前に沖縄における広大な米軍基地が形成されていたという歴史的事情を考慮するとしても、沖縄への基地偏在の解消に必要な合理的期間を遥かに超え、国の怠慢は明らかであると言わねばならない。

右に述べたとおり、沖縄県民に対する不平等な基地負担のしわ寄せは著しいものであり、駐留軍用地特措法その他の基地提供法令の運用の実態は、沖縄県民の平等権を侵害するものとして明らかに違憲状態にあるとの評価を免れず、この運用の一環として本件各土地に駐留軍用地特措法を適用することは憲法一四条に違反するものである。

しがたって、本件各土地に駐留軍用地特措法を適用して上告人に立会・署名を命じた原判決は憲法の解釈を誤ったものであり、かつ、沖縄県民のみが米軍基地の過重負担を強いられている事実を認定しながら、それが憲法一四条に違反しない所以を示さない点において、理由不備、理由齟齬の違法があり、原判決は破棄を免れない。

3 また、沖縄県にのみ、長期間にわたって、他の都道府県と比べて著しい米軍基地の負担、制約を強いる基地提供法令の運用の実態は、国政全般を直接拘束する客観的法原則たる平等原則に反して違憲であり、この運用の一環として本件各土地に駐留軍用地特措法を適用することは憲法一四条、九二条、九五条に違反するものである。

もっとも、人権の共有主体は本来個人であるから、地方公共団体について平等原則の適用はないのではないかとの疑問もありえよう。しかし、住民の属する集団としての地方公共団体が、国家から他の地方公共団体と比して不平等に扱われる場合には、間接的にせよ住民自身が不利益を被ることになるのである。また、国際人権法においては、「人民」という集団自体に自決権が保障されており(国際人権A規約・B規約共通一条)、究極的に個人の人権保障に資するものであれば、集団自体に人権享有主体性を認めうるものである。そもそも、憲法が地方自治を保障したのは、地域の政治を、住民の意思に基づき、国家から独立した団体の意思と責任の下に行うことによって、住民の人権を保障しようとしたものに他ならない。すなわち、国家から独立して、住民の自己決定を内包した団体独自の自己決定に基づく地方自治を行うことこそが、住民の意思に基づく民主政治を実現し、住民の人権保障になるとの趣旨に基づくものである。しかるに、国家が特定の地方公共団体のみを不平等に扱い、その結果、当該地方公共団体の自己決定権が侵害される場合には、住民の自己決定権が阻害されることになり、ひいては憲法の地方自治保障の趣旨、人権尊重の理念に悖ることとなる。そうであればこそ、憲法九五条は、特定の地方公共団体にのみ異なる扱いをする場合には、住民の特別投票を要するものとして、地域住民の自己決定によらなければ差別的扱いを許容しないものとしたのであり、これは憲法が地方公共団体の平等権を保障したものに他ならない。

以上述べたことよりすれば、国家が地方公共団体を不平等に取り扱ってはならないという意味で、地方公共団体にも平等原則の適用があるものと言うべきである。

もとより、国家が各地方の実情に応じた合理的な差別をなしうることは当然であり、その合理性の判断については国家の裁量が認められるものであるが、特定の地方公共団体に対する不平等が著しく、国民の正義衡平の観念から到底許容できない限度に至っている場合には、もはや一見明白に平等原則に違反しているものと言え、裁判所は違憲判断をなしうるものと解される。そして、沖縄県への長期間にわたる米軍基地の集中によって、沖縄県が他の都道府県に例を見ない過度の基地の負担を負わされ、そのために沖縄県の自律的発展が著しく阻害されている現状は著しく不平等であり、到底国民の正義衡平の観念が許容しうるものではない。

よって、沖縄県へのかかる基地集中をもたらす駐留軍用地特措法を含む基地提供法令の運用は平等原則に反して違憲であり、その運用の一環として本件各土地へ駐留軍用地特措法を適用することは、憲法一四条、九二条、九五条に違反する。

したがって、本件各土地に駐留軍用地特措法を適用して上告人に立会・署名を命じた原判決は憲法の解釈を誤ったものであり、かつ、沖縄県のみが米軍基地の過重負担を強いられ自立的発展を阻害されている事実を認定しながら、それが憲法一四条、九二条、九五条に違反しない所以を示さない点において、理由不備、理由齟齬の違法があり、原判決は破棄を免れない。

4 さらに、駐留軍用地特措法が沖縄県のみを対象として運用されているという点からも、その運用は憲法一四条、九二条、九五条に違反するものと言わなければならない。

駐留軍用地特措法が日本本土で発動されたのは、ほとんど一九五〇年代で、一九六一年の神奈川県相模原住宅地区を最後に、日本本土で発令された例はなく、言わば一九六一年の発動を最後として一旦は死んだ法律であった。ところが、死法化して二〇年も経過した後、突如として一九八〇年に沖縄県内の土地のみを対象として発動されたのである。

憲法九五条は、特定の地方公共団体にのみ適用される法律(地方自治特別法)について住民投票を要求しているが、その趣旨は「一般の法律とは違った特例を、特定の地方公共団体だけに適用することによって、住民の不利益を生ずる不平等な扱いが、住民の意に反してなされないようにしよう」(小林直樹「憲法講義下」東京大学出版会・七九七頁)ということにある。駐留軍用地特措法は、県民にとっては自らの土地を強制的に取り上げられるという重大な人権制約をもたらすものであり、地方公共団体にはとっては、都市計画等に重大な影響をもたらし、また地方公共団体がそのために事務的負担も負うものであるから、特定の地域のみを対象として駐留軍用地の強制収用法令を制定するのであれば、地方自治特別法として、住民投票を要するものと言うべきである。これは、国が地方公共団体に財政援助を与えることを目的とし、地方公共団体の組織や運営について特別の規定をもたない都市建設法についてすら、地方自治特別法として住民投票に付されてきたこととの均衡からも明らかであると言える。

したがって、沖縄県のみを対象として駐留軍用地を強制収用(使用)するのであれば、憲法九五条の趣旨よりして、当然に住民投票に付した上で立法を行わなければならなかったのである。このことは、対日平和条約、日米安保条約、地位協定、駐留軍用地特措法の制定について、いずれも沖縄県民の意思が全く反映されていないという歴史的事情よりしても、当然のことと言えた。

ところが、国は、一九八一年に、死法化していた駐留軍用地特措法を突如として復活させ、沖縄県内の駐留軍用地を強制使用し、その後も沖縄県内の駐留軍用地にのみ駐留軍用地特措法を適用するという運用をしているのであり、この運用は憲法九五条を僣脱して地方自治の本旨を害し、平等原則に反する違憲なものである。

また、沖縄県という特定地域の土地の所有者のみについて、強制的に財産権を制約するという点からも、駐留軍用地特措法の運用は平等原則に反する違憲なものである。

よって、この違憲な運用の一環として本件へ駐留軍用地特措法を適用することは憲法一四条、九二条、九五条に違反し、本件各土地に駐留軍用地特措法を適用して上告人に立会・署名を命じた原判決は憲法の解釈を誤ったものであり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。

八 以上のとおり、駐留軍用地特措法を適用してなされた本件各土地の強制使用を目的とした、使用認定処分をはじめとした各手続のいずれもが前述のとおり同法の適用上ないし運用上違憲であり、本件調書への立会・署名について、上告人に応じる義務は存しない。原審にはこの点の判断を誤った違法がある。また、原審は、これら主張の根拠となる事実について全く証拠調べをなさず、上告人の適用違憲の主張に対する合違憲の判断さえもなさなかったが、この点には、後述のとおり審理不尽の違法が存するというべきである。

第三点 最高裁判所判例違反と判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反――

審理の範囲

原判決は、職務執行命令訴訟における司法審査の範囲について、最高裁判所一九六〇年六月一七日第二小法廷判決(民集一四巻八号一四二〇頁。以下、単に最高裁判決という)に違反し、地方自治法一五一条の二の違反あるものであって、この違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

以下、その理由を述べる。

一 原判決の判示

原判決は、本件審理の範囲について、右最高裁判決を援用し、あたかも同判決に依拠しているかのような論旨を展開している(九二頁以下)。

しかし、本件審理の具体的範囲についての以下の判示になると、原判決と右最高裁判決との乖離は明確になる(一九九頁)。

「裁判所は、本件訴訟において、本件命令の実質的適否、すなわち、都道府県知事が法律上本件命令にかかる事項を執行すべき義務を負うか否かを判断する際に、右法令により都道府県知事に審査権が付与されていない事項を審査して右義務の有無を論ずることはできないといわなければならない。これに対して、被告の審査権の範囲にかかわらずおよそ本件命令一般について裁判所は審査すべきであるとの被告の主張は失当を免れない。」

続いて「法令により都道府県知事に審査権が付与されている事項」とは何かについて「少なくとも、①使用認定の告示があったこと、②防衛施設局長が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる方法により土地・物件調書を作成したこと、③防衛施設局長が土地所有者等を立ち会わせ右調書に署名押印する機会を与えたのに、土地所有者等が右署名押印を拒みまたはこれをすることができなかったこと、④防衛施設局長が市町村長に対し立ち会い及び署名押印を求めたのに、市町村長がこれを拒んだこと、⑤防衛施設局長が都道府県知事に対し当該都道府県の吏員のうちから立会人を指名し署名押印させることを求めたこと、以上の事柄が都道府県知事が署名等代行をするにあたり審査すべき事項であることは前記のとおりである。」としている。

さらに、都道府県知事が使用認定の適否又は効力の有無について審査権限があるかについて、原判決は前記最高裁判決によって差戻された後の砂川事件東京地裁判決(一九六三年三月二八日)を援用して、次のように判示している(二〇四頁)。

「特措法に基づく土地の使用手続は、原告による使用認定手続と収用委員会による裁決手続の二つの重要な手続に別れており、土地・物件調書の作成は、その間にあって、防衛施設局長により使用裁決申請の準備として行われるもので、……被告が求められている本件署名等代行は、……土地・物件調書作成手続の一環をなす行為であるということができる。」

「原告による使用認定と都道府県知事による署名等代行の両者を、特措法による使用手続における位置づけ、重要性、行為の効果の観点から対比し、さらに、右署名等代行の趣旨や署名等代行事務が都道府県知事に委任された趣旨を併せ考えると、特措収用法三六条五項が、使用認定に関する事務など元来原告において管理執行すべき駐留軍用地の使用に関する事務のうち従たる地位を占める署名等代行事務をこれらから切り離してその管理執行を都道府県知事に委任する当たり、原告が先行行為として行う使用認定が適法か違法か、あるいは、有効か無効かについて、改めて当該都道府県知事の判断を介入させる余地を与えようとしたものとは到底解されないのであって、都道府県知事は審査権を有しない先行する使用認定について違法または無効を理由として署名等代行事務を拒否することは許されないといわざるをえない。」

二 原判決の特徴

原判決は、まず第一に、裁判所の審理の範囲を、都道府県知事の審査の範囲と同じものであることを前提とする。第二に、都道府県知事の権限を土地使用手続のうちの従的な部分ととらえ、その審査事項も極めて事務的なものだとする。したがって、原判決も極めて手続の細部にわたる事務的なものになっている。地方自治法一五一条の二が、わざわざ地方裁判所でなく高等裁判所に審理・判決をゆだねた結果がこのような次元のものだとはとうてい考えられないのである。

三 最高裁判決の趣旨

ここで最高裁判決の要旨を確認しておくこととする。

① 「国の委任を受けてその事務を処理する関係における地方公共団体の長に対する指揮監督につき、いわゆる上命下服の関係にある、国の本来の行政機構の内部における指揮監督の方法と同様の方法を採用することは、その本来の地位の自主独立性を害し、ひいて、地方自治の本旨に悖る結果となるおそれがある。」

② 「そこで、地方公共団体の長本来の地位の自主独立性の尊重と、国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮監督権の実効性の確保との間に調和を計る必要があり、地方自治法第一四六条は、右調和を計るためいわゆる職務執行命令等訴訟の制度を採用したものと解すべきである。」

③ 「そして同条が裁判所を関与せしめその裁判を必要としたのは、地方公共団体の長に対する国の指揮命令の適法であるか否かを裁判所に判断させ、裁判所が当該指揮命令の適法性を是認する場合、初めて代執行権及び罷免権(一九九二年、罷免権の規定削除―代理人)を行使できるものとすることによって国の指揮監督権の実効性を確保することが、前示の調和を期し得る所以であるとした趣旨と解すべきである。」

④ 「この趣旨から考えると、職務執行命令訴訟において、裁判所が国の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査することは当然であって、したがってこの点、形式的審査でたりるとした原審の判断は正当でない。」

最高裁判決が「地方公共団体の長本来の地位の自主独立性の尊重」と「国の指揮監督権の実効性の確保」を対置していることに注意しなければならない。

そしてそのどちらが優越するでもなく、その調和を図るのが職務執行命令訴訟の制度の趣旨だとする。制度の趣旨をこのように解したうえ、最高裁は、「地方公共団体の長に対する国の指揮命令の適法であるか否かを裁判所に判断させて適法性を是認する場合、初めて代執行権を行使できる」。

「地方公共団体の長本来の地位の自主独立性の尊重」については、憲法第九二条が規定する「地方自治の本旨」が念頭にあることはいうまでもない。

なお、この判決の後、一九九一年地方自治法が改正され地方自治体の長が命令を拒否した場合の罷免制度などが廃止され、地方自治の本旨が一層生かされるようになった。

四 原判決の判例違反の具体的理由

最高裁判決の趣旨をふまえて、以下、原判決の判例違反を明らかにすることとする。

1 司法機関介在の意義

原判決は、駐留軍用地特措法に基づく土地の使用手続は、被上告人による使用認定手続と収用委員会による裁決手続の二つの重要な手続に分かれているが、本件署名等代行は、土地・物件調書作成手続の一環で、中間的、従的なものであると位置づけている。そしてその位置づけから都道府県知事の審査事項を確定し、それと本件訴訟での審理の範囲を同等のものとして結論を出しているわけである。

しかし、原判決は、手続の段階として、使用認定権限をもつ総理大臣と受命者の都道府県知事の間に見解の相違が生じたときに、裁判所という国家機関(司法機関)が介入することの意義、立法趣旨ないし理由についてまったく触れていない。漫然と、裁判所の審理事項は、その直前の段階の都道府県知事の審査事項と同範囲であることを前提にしている。

しかし、なぜ使用手続の中間に行政機関でなく司法機関が介入することになっているのか、しかも地方自治法一五一条の二では、地方裁判所でなく高等裁判所という司法機関の中の高い位置にある機関を介在させたのかについて、何の説明もされていない。

最高裁判決は、この点について前示のとおり「同条が裁判所を関与せしめその裁判を必要としたのは、地方公共団体の長に対する国の指揮命令の適法であるか否かを裁判所に判断させ、裁判所が当該指揮命令の適法性を是認する場合、初めて代執行権及び罷免権を行使できるものとすることによって国の指揮監督権の実効性を確保することが、前示の調和を期し得る所以であるとした趣旨と解すべきである」としているのである。

これを敷衍すれば、要するに、土地収用法や地方自治法が裁判所を関与せしめその裁判を必要としたのは、「公選による地方公共団体の長に対するものであるから、本来(地方自治法一五一条の二、八項)所定の国の矯正権の発動を慎重ならしめ、少なくとも、中央政府の一方的な意思による恣意的な発動を防止し、地方公共団体の自主独立性が侵害されることのないようにするためである」(長野士郎「逐条地方自治法」四二七頁)。

内閣総理大臣と公選による地方自治体の長とが、原判決が挙示する左のような事項で対立することがありうるだろうか。

① 使用認定の告示があったこと

② 防衛施設局長が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる方法により土地・物件調書を作成したこと

③ 防衛施設局長が土地所有者等を立ち会わせ右調書に署名押印する機会を与えたのに、土地所有者等が右署名押印を拒みまたはこれをすることができなかったこと

④ 防衛施設局長が市町村長に対し立会及び署名押印を求めたのに、市町村長がこれを拒んだこと

⑤ 防衛施設局長が都道府県知事に対し当該都道府県の吏員のうちから立会人を指名し署名押印させることを求めたこと

このような事項で意見が対立して、訴訟に及ぶなどということがありうるだろうか。「中央政府の一方的な意思による恣意的な発動」や「地方公共団体の自主独立性が侵害」が問題になるだろうか。地方自治法改正前は、総理大臣に知事の罷免権もあったが、そんなことで知事の「首を賭けて」争うことなどありうるだろうか。そんなことを想定して土地収用法や地方自治法の諸規定が立法されたとはとうてい考えられない。

問題は、当該土地の利用・使用について、中央政府と地方自治体の長との間にもっと実質的な見解の違いがあったときにどう判断するかにかかっているのである。最高裁判決が、「国の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査する」といっている、その「実質的」の意味は、まさにこの意味でしかありえない。この点を、最高裁判決にそって整理すれば以下のとおりとなる。

「最高裁判決は、地方自治法が職務執行命令という裁判所関与制度を採用した理由を、地方自治体の長の地位の自主独立性の尊重という要請と国の指揮監督権の実効性の確保の要請とを調和させるため、当該指揮命令が適法であるか否かをまず裁判所に判断させ、裁判所が当該指揮命令の適法性を是認した場合に始めて代執行権を行使できることにしたものと理解している。すなわち、最高裁は、受命機関の審査権を問題とせずもっぱら指揮命令の客観的適法性を問題としている。かかる見地からすれば、職務執行命令訴訟における裁判所の審査権の範囲は、行政組織法上の要請から一定の制限を受けると考えられる地方公共団体の長の審査権の範囲と合致する必然性はなく、むしろ法判断機関としての裁判所の権限の十全性を尊重することこそが、右最高裁判決が述べている二つの要請を調和させるものと考えられる(金子宏「地方自治法一四六条における職務執行命令訴訟の諸問題」ジュリスト二〇八号一〇九頁以下、和田秀夫・鈴木俊光・判例研究、法律論叢三三巻一号一〇一頁以下)」(佐藤英善・人見剛「意見書」乙四七号証七頁)。

2 都道府県知事の権限

総理大臣は、国の立場から指揮命令をする。地方公共団体の長は、これに対し、その自治体の住民の意を体し、さまざまな事情、状況を考慮して国の指揮命令を拒否する。その拒否理由は、法的には地方自治法一五一条の二、一項所定の要件にかかわることもあろうし、使用認定の適法要件にかかわることもあろうし、またその職務執行の具体的範囲内の事柄にかかわることもあろう。あるいは、これらにまたがった事項であることもあろう。

裁判所はこれらの理由を公正な立場で法的に整理して、その上で当該命令の適否を審理・判断すればよいのである。裁判所は下命者と受命者の法的主張を実質的な問題も含めて審理し、判断することを求められており、受命者の主張の中に、先行行為の違法性の問題が含まれていても除外するいわれはないのである。

五 破棄された東京地裁判決の内容

1 上告人は、本項以下において、主として最高裁判決について論じた学説を検討することによって、右第四項までの主張を補充する。

最高裁判決によって破棄された東京地方裁判所一九五八年七月三一日判決(判例時報一五九号四六頁。以下、破棄された東京地裁判決という)は、次のように判示している。

「町長は国の機関として処理する行政事務については都知事と上命下服の関係にたち、上級機関である都知事の命令に拘束されると解すべきである。それ故町長は都知事の職務執行命令に対してはそれが形式的要件(当該命令が所定の方式を具備すること、都知事が当該事項につき命令権を有すること又は命令事項が町長の権限内の国の事務に属することその他の要件)を欠き又は不能の事項を命じている場合等を除き、その命令に服従する義務があり、その命令が実質的に違憲又は違法な行為の執行を命じているとの理由でこれを拒否し或いは無視することはできないものといわなければならない。」

「職務執行命令訴訟制度の趣旨は……町長の権限に属する国の事務を矯正する場合には、特に慎重を期して裁判所に関与させようとするものであるから、いいかえれば、行政部内における上級機関の下級機関に対する監督権の行使方法として特別に法律が裁判所に権限を付与した本来行政に属する争訟の制度ということができる。それ故国の機関である町長が国の事務に関しては都知事の命令に拘束されること前叙のとおりであるとすれば、この訴訟における審理の対象もまた都知事の職務執行命令の前記形式要件に関する事項以上に出ることは許されず、裁判所は遡って当該命令の実質的な適否につき審査することはできないものと解すべきである。」

2 宇賀克也助教授は、右地裁判決について、次のように述べている(地方自治判例百選(第二版)一二一頁)。

「原審判決の結論は、以下の三つの前提の結合によって導かれている。

第一の基本的前提は、職務執行命令を求める訴訟において裁判所が審査すべきであるのは、受命機関が下命機関の当該訓令に拘束されるか否かという点であるということである。第二に、国の機関委任事務の遂行という局面に関しては、下命機関である都知事と受命機関である町長は、上命下服の関係に立ち、したがって、一般に下級機関が上級機関の訓令に拘束されるのと同程度に、町長は、都知事の職務執行命令に拘束されるということが前提とされている。そして、第三の前提は、下級機関は、上級機関の訓令が形式的要件を欠き、又は不能の事項を命じている場合等を除き、それに拘束され、当該訓令の実質的審査はできないということである。」

まことに的確な指摘であって、何人も異をはさむことはできないであろう。

六 最高裁判決の検討

1 宇賀助教授は、最高裁判決について、解釈が分かれうるとした上で、次のように述べている(前掲書同頁)。

「ひとつには、原審判決の第一の基本的前提自体は是認したうえで、第二の前提を否定したとする解釈が成立しうる。換言すれば、国の機関委任事務については、下命機関と受命機関の関係は、そもそも、上級機関と下級機関の間の一般的関係とは異なり、受命機関は、違法な職務執行命令には拘束されないから、職務執行命令を求める訴訟においても、裁判所は、実質的審査をなしうると解するのである。いまひとつは、第一の基本的前提自体を否定しているとみる解釈である。すなわち、訓令違反であるということと、裁判所が職務執行命令を発することとは、論理必然的に結びつくものではなく、国の機関委任事務についても、受命機関には下命機関の訓令の実質的審査権はないが、代行権や罷免権を発生させるためには、裁判所の判断を経なければならず、その際、司法機関である裁判所を介在させた所以は、単なる形式的審査のみならず、職務執行命令の適法性についての実質的審査を行わせるためであるという解釈も成立しうるのである。以上のうち、第一の解釈は、国の機関委任事務につき、受命機関にも、適法性についての実質的審査権を肯定し、その結果として、職務執行命令訴訟における裁判所の実質的審査権が導かれると解するのに対し、第二の解釈は、受命機関の実質的審査権を否定しながら、裁判所には、これを肯定するもので、職務執行命令訴訟は、受命機関が訓令に拘束されるか否かを審査するものではなく、実質的にも適法な職務執行命令についてのみ、代行権や罷免権を発生させるための制度であるとみるものである。」

2 五の2に述べた宇賀助教授の、破棄された東京地裁判決の分析と、右地裁判決を破棄した最高裁判決との関係から言って、最高裁判決は、宇賀助教授の第一の解釈または第二の解釈のいずれかに必ず帰着しなければならないのである。

実際、最高裁判決は、「職務執行命令訴訟において、裁判所が国の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査することは当然であって、したがってこの点、形式的審査で足りるとした原審の判断は正当でない。」と言っているのであるから、指摘命令の内容の適否について、受命機関に実質的審査権を認めるか、そうでなければ裁判所に認めるか、いずれかしかないのである。受命機関の実質的審査権を否定し、かつ、裁判所の審査すべき対象は受命機関の審査権の範囲に限られるとすることは、明らかに最高裁判決に違反する。

原判決が、「裁判所は、本件訴訟において、本件命令の実質的適否、すなわち、都道府県知事が法律上本件命令に係る事項を執行すべき義務を負うか否かを判断する際に、右法令により都道府県知事に審査権が付与されていない事項を審査して右義務の有無を論ずることはできないといわなければならない。これに対して、被告の審査権の範囲にかかわらずおよそ本件命令の適法性一般について裁判所は審査すべきであるとの被告の主張は失当を免れない。」と判示しながら(一九八〜一九九頁。宇賀論文のいう破棄された東京地裁判決の第一の基本的前提である)、「特措収用法三六条五項が、使用認定に関する事務など元来原告において管理執行すべき駐留軍用地の使用に関する事務のうち従たる地位を占める署名等代行事務をこれから切り離してその管理執行を都道府県知事に委任するに当たり、原告が先行行為として行う使用認定が適法か違法か、あるいは、有効か無効かについて、改めて当該都道府県知事の判断を介入させる余地を与えようとしたものとは到底解されないのであって、都道府県知事は審査権を有しない先行する使用認定についての違法又は無効を理由として署名等代行事務を拒否することは許されないといわざるを得ない。」(二〇九〜二一〇頁)と判示するのは(宇賀論文のいう破棄された東京地裁判決の第二、第三の基本的前提である)、明らかに最高裁判決に違反する。

裁判所の審査の対象を受命機関の審査権の範囲に限定した上で、受命機関の実質的審査権を否定するのでは、最高裁判決が、「裁判所が国の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査することは当然であ(る)」と宣した意味が全く没却される。本件の場合、被上告人のした使用認定の適否を審査しないで、署名等代行命令の「内容の適否を実質的に審査」したことにならないのは誰の目にも明らかである。

なお、さらに問題なのは、使用認定の違憲無効さえ、司法審査の対象とはならない、としている点である。上告人は、原審において、駐留軍用地特措法を本件各土地に適用した使用認定は違憲無効であることを詳細に主張した。ところが、原判決は、「使用認定が有効か無効かについて、改めて当該都道府県知事の判断を介入させる余地を与えようとしたものとは到底解されない」、「この理は右無効の原因が憲法違反である場合においても同様というべきであ(る)」(二二七頁)として、本件使用認定の違憲無効であるかどうかについて何の審査も加えなかった。

本件使用認定が違憲無効であれば、本件署名等代行命令は、その前提を欠いて、無効または違法であることは自明の理である。使用認定の違憲無効について審査しなかった原判決は、「裁判所が国の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査することは当然であ(る)」とした最高裁判決に違反すること明白である。

3 芝池義一教授は、主務大臣と都道府県知事の関係について論述するにあたり、最高裁判決に触れて、裁判所の実質的審査権を、命令の拘束力とそれに対する受命機関の服従義務の範囲の問題にはね返らせない考え方と、はね返らせる考え方とがあることを指摘し、さらに後者を二つの考え方に分けている(地方自治大系〔第二巻〕一八六〜一八七頁)。

はね返らせない考え方が宇賀助教授の第二の解釈に相当する。

そして、はね返らせる考え方の一つは、地方自治法一五〇条の指揮監督権の行使たる命令も、それが実質的にも適法である場合のみ、法的拘束力を有し、受命機関に服従義務がある、とするものである。これは、宇賀助教授の言う第一の解釈と同じである。芝池教授の言うはね返らせる考え方のもう一つは、一九九一年の改正前の地方自治法一四六条に基づく職務執行命令訴訟手続の第一の段階をなす主務大臣の職務執行命令と、一五〇条に基づく主務大臣の指揮監督権の行使たる命令とを区別し、後者をその本質において行政指導的なものととらえ、その拘束力を否定するものである。

地方自治法一四六条の命令と一五〇条の命令とを区別する解釈も挙げるだけ、芝池教授の論述の方が、都道府県知事の自主独立性を尊重する点において、宇賀助教授の論述より幅が広いと言えよう。いずれにしろ、芝池説からも、右2に述べた主張が強く支持されることは明らかである。

4 近藤昭三教授は、国の機関委任事務について、「思うに、職務執行命令の適法性について関係機関相互に対立があり、その対立の決着について裁判所の介入が認められているのであるから、適法な命令にのみ服従義務が生ずるとする方が行政の法適合性によりよく合致し、そう考えても右に述べた現実の行政過程における不都合は生じないであろう。」と記述して、適法な命令にのみ服従義務が生ずるという見解(宇賀助教授の最高裁判決の第一の解釈)を支持している。

そして、最高裁判決との関連で次のように記述している。

「最高裁は、『裁判所が当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査することは当然』であるとし、その根拠を職務執行命令訴訟の存在理由に求め、この制度の趣旨は職務執行命令の適法性が裁判所により是認されてはじめて、国の代執行権・罷免権の発動が正当化される点にあると説いている。

思うに、原審判決の論旨はそれなりに首尾一貫しており、行政の統一、迅速性を重視したものといえる。これに対し最高裁判決は、法律判断機関としての裁判所の権限の十全性を尊重すると共に地方自治機関の自主性をよりよく保障するものである。そして最高裁のこの点の判示よりすれば、地方公共団体の長の服従義務を通説のように解することは、命令に無効原因に該当しない違法の瑕疵がある場合には服従義務がありながら義務違反に対する制裁を欠くことになる。この点からいっても、服従義務について前述のように解する方が妥当であり、最高裁の判決に論理整合性を与えることになる」(地方自治判例百選<第一版>一〇九頁)。

近藤教授が本件の原判決を読まれれば、前記2に引用した知事の審査権の範囲についての判示を強く批判されるであろう。

5 金子宏教授は、最高裁判決について、次のように述べている(ジュリスト二〇八号所収「地方自治法一四六条における職務執行命令訴訟の諸問題」一〇九〜一一〇頁)。

「前提の最高裁判決が、その趣旨を、『地方公共団体の長本来の地位の自主独立性の尊重と国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮・監督権の実行性の確保との間に調和を計る』ことにあるとしているのは正当であり、この趣旨を重視する場合には、職務執行命令訴訟において求められているのはまさに職務執行命令の適法性の確認なのであって、裁判所は法適用機関としての本来の権限の範囲を逸脱しない限り、職務執行命令の適法性を実質的に審査しうるし、すべきであると解するのが、地方自治法一四六条の正しい解釈ではないかと思われる。前述のように、下級の行政機関は、上級機関への服従義務と国法を遵守する義務と性質の異なる二つの義務を負担しているのであるが、一四六条がわざわざ独立の法判断機関の判断を経させているのは上下の行政機関の間で法の解釈について対立がおこった場合どちらの解釈が正しいかを判断させ、正しい法の執行を保障すること、すなわち組織法的関係から離れて一般国法の見地から命令の適否を判断させること、すなわち一般国法の見地からみた場合知事または市町村長は命ぜられたことをなす法律上の義務があるかどうかを審査させることに狙いがあると考えられるのである。」

すなわち、上告人は、組織法的関係から離れて、一般国法の見地から、国土の約0.6パーセントを占めるにすぎない沖縄県に全国の米軍専用施設の約七五パーセントを押しつけ、長きは五〇年以上にわたって、土地所有者の意思に反して土地の強制使用を継続しようとする国の施策(復帰前のことについても、米国に施政権を与えたのは国である)である本件使用認定が「適正かつ合理的」であると言えるのか、また本件各土地の個々について同じく「適正かつ合理的」という要件が充足されているのか、それを吟味し、使用認定が違法であるときは、当然本件署名等代行命令も違法なのであるから、その点を判断することができるし、しなければならないのである。

金子教授はまた、次のようにも述べている(前掲書一一一頁)。

「裁判所の審査権を以上のように考えると、職務執行命令の拘束力およびそれに対する服従義務も、通常の訓令の場合とは甚しく異なってくる。すなわち、地方自治法一四六条は、違法な職務執行命令の拘束力とそれに対する地方団体の長の服従義務を遮断する意味をもっているということになるであろう。」

6 最高裁判決は、「裁判所が実質的に審査するについては、司法審査固有の審判権の限界を守ることはいうまでもないところであ(る)」と述べている。

この判示の意味であるが、右最高裁判決が言渡されたのが一九六〇年六月一七日であり、いわゆる「伊達判決」を破棄した砂川刑事事件の大法廷判決が言渡されたのが一九五九年一二月一六日であるという時期的なことと、その大法廷判決がいわゆる統治行為論を用いて司法審査の限界を説いたこととをあわせ考えると、職務執行命令訴訟最高裁判決の言う「司法審査固有の審判権の限界」というのは、大法廷判決の説く司法審査の限界と同じ意味であると考えられる。

前記近藤教授の職務執行命令訴訟最高裁判決の評釈は、「判旨は、司法審査固有の審判権の限界に言及しているが、統治行為が審判に服しないとすれば、安保条約・行政協定の違憲無効をいう上告人の主張はとりあげられないことになる。しかし、憲法問題一般が職務執行命令訴訟の審査範囲から除外されると解すべきでない。」としているのである(前掲書一〇九頁)。

同様に、成田頼昭教授も最高裁判決を評釈して、「本件は、職務執行命令の当否の判断をしないで、原審に差し戻しているが上告人の主張の中に安保条約が違憲であるとの主張が含まれている。しかし、この点については、すでに、最高裁大法廷は統治行為論によって裁判所の審査権の範囲外であるとしているので、本件の審理に当たっても、右の限度で司法審査権が限定されることになろう」としているのである(行政判例百選Ⅱ<第一版>三四五頁)。

そうすると、最高裁判決は、どの点について実質的審理をつくせと言っているのであろうか。それは、明らかに、土地収用の必要性であり(その中には、立川基地のなりたち、周辺住民の生活とのかかわり、日本および極東の軍事的状況等が含まれる)、当該土地を収用することが「適正且つ合理的」であるかどうか、である。だからこそ、最高裁判決は、「本件は司法審査の及ぶ限度において本件都知事の命令の適否を審査するにつき、なお事実の審理をする必要があることが明らかである。」と判示して、東京地裁へ事件を差し戻したのである。

差戻後の東京地裁判決が、収用認定その他の先行行為の適否や有効性を審査すべきでないとし、駐留軍用地特措法および安保条約の効力、ならびに収用委員会の権限および土地収用法四四条三項の規定による報告事務の性質しか審査しなかったのは、明らかに誤りをおかしたのである。そんなことであれば、最高裁は自判できたのである。

そして、原判決は、この東京地裁判決と同じ誤りをおかしたのである。

以上のとおり、原判決は、司法審査の範囲を極めて狭く解し、なかんづく、使用認定を審査の対象としなかった点において、最高裁判決に反し、地方自治法一五一条の二に違反するものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。よって、破棄を免れない。

第四点 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反――本案前の抗弁について

一 機関委任事務か否かについて

1 原判決は、知事が吏員に行なわせる立会・署名事務の性格について、「このように署名等代行事務は、事業認定により公用使用・収用権を付与された起業者が裁決手続の円滑かつ迅速な進行を図るために義務づけられた土地・物件調書の作成について、その手続の適正さを保障しつつ、これを完成させて、裁決申請に必要な書類の一つを整えさせる補充的事務であり、事業認定手続又は裁決手続に付随し、公共の利益となる事業に必要な土地等の使用収用について、公共の利益の増進と私有財産との調整を図るために起業者を監督する観点から行なわれる事務と解される。」とした上、同事務は、別表、第三、一、(百八)に揚げられている事務と同じ性質を有するので、同別表の事務に含まれ、機関委任事務と解されると判示する(七四〜七六頁)。

2 しかし、右解釈は、正しくない。

原判決が、土地・物件調書の性格として「保障」と「調書を完成させる事務」という二つの側面を指摘する点は、基本的に正当であるが、「保障」の内容の理解の仕方、「調書を完成させる事務」を「補充的事務」と解する点に誤りがあり、知事が吏員に行わせる立会・署名事務を抽象的に「公共の利益の増進と私有財産との調整を図るために起業者を監督する観点から行なわれる事務」と解するに至っている点が問題である。

「公共の利益の増進と私有財産との調整を図るため」というのは、土地収用法一条が定める法の目的を述べただけにすぎない。土地収用法の各手続き及び各事務は、すべて「公共の利益の増進と私有財産との調整を図るため」におこなわれるものであるから、この点を指摘するだけでは、各手続及び各事務の性格を解明するものとしては不充分であり、さらに、踏み込んだ分析と位置づけを行う必要がある。

まず、原判決が「保障」の内容を「調書の作成手続の適正」の確認に限定し、「調書の記載内容の真実性」の確認を除外していること、そのために調書の作成を「裁決手続の円滑かつ迅速な進行」を図るためとし、本来の目的である「審理の適正」を図ることを除外している点が問題である。

第五点において後述するとおり、土地・物件調書は、何よりも収用委員会における審理を「適正に行なわせること」をその目的とするものであり、知事が吏員に行わせる立会・署名は、調書の記載事項の真否及び作成手続の適正さを確認して、起業者の恣意的な調書作成を抑制し、もって財産権保障のための適正手続を保障しようとするものである。

また確かに、土地・物件調書は、裁決申請手続に必要な書類の一つであり、土地・物件調書が完成するためには、署名押印が必要とされているので、立会・署名が土地・物件調書を完成させる事務の性格を持つことは、原判決の指摘するとおりであるが、しかし、同事務は、前述のとおり起業者の恣意的な調書作成を抑制し、調書の記載事項の真否を確認して財産権保障を図るという独立した独自の意義を有するものであり、起業者の調書作成事務に従属する付随的事務ではない。

したがって、立会・署名を原判決のように「補充的事務」と評価するのは誤りである。立会・署名は、土地・物件調書を完成するために要求される事務で、起業者が行う土地・物件調書作成事務とは別個の知事が行う「独立した事務」と解すべきである。

原判決は、この点についての認識を欠き、知事が吏員に行なわせる立会・署名事務を抽象的に「公共の利益の増進と私有財産との調整を図るために起業者を監督する観点から行なわれる事務」と解したものである。

しかし、右に指摘したとおり、土地収用法三六条は、「公共の利益の増進と私有財産との調整を図るため」に、起業者に対しては、土地所有者等又は公的立会人の署名押印のある土地・物件調書の作成を義務づけ、他方、知事に対しては、土地・物件調書への署名押印を義務づけたものであるから、立会・署名は「公共の利益の増進と私有財産との調整を図るため」に知事に対し公的第三者の立場から、前記趣旨の「保障」行為を行なわせるものと解すべきである。

3 原判決は、立会・署名事務が地方自治法別表第三、一、(百八)に列挙された事務と類似性を有するか否かを検討した上、これと同じ性質を有すると認められるとして、同表、一、(百八)の「土地収用法の定めるところにより、……する等の事務を行なうこと。」の「等」に含まれると判示する(七五〜七六頁)。

しかし、右判示は正しくない。

原判決は、右理由として、右別表三、一、(百八)に掲げられている事務は、「いずれも事業認定手続及び裁決手続に付随し、公共の利益となる事業に必要な土地等の使用収用について、公共の利益の増進と私有財産との調整を図るものであり、それらの中には起業者を監督する観点から行なわれるものも含まれている。」とし、「起業者を監督する観点から行なわれるもの」という点で、立会・署名と右別表中の事務とは同じ性質のものと考えられるとする。

しかし、原判決は、右別表中のどの事務が「起業者を監督する観点から行なわれるもの」と解し、どの様に類似するとするのかという肝心な点については、その理由を詳述していない。

右(百八)が掲げる事務は、①事業認定事務、②事業の準備のために他人の土地への立入り等を許可する事務、③斡旋に関する事務、④起業者が収用・使用手続を保留した起業地についてその手続を開始する旨を告示する事務、⑤代執行事務の五種である。

右事務の中で、立会・署名事務との類似性が問題となるのは、②の事務のみである(原判決がいう「起業者を監督する観点から行なわれるもの」というのも、これを指していると解される)。

ところで、事業の準備のために他人の土地への立入り等を許可する事務とは、具体的には、土地収用法一一条にいう測量、調査のための他人の土地への立入りのための知事の許可、同法一四条にいう測量、調査のための他人の土地における試掘等の許可を指すのであるが、同「許可」は、いずれも立入り又は試掘等が直接的に他人の財産権を侵害するところから、起業者が同行為を行なうためには、知事の許可を要するとしたものである。この場合の「知事の許可」は、起業者に対し、立ち入る権利又は試掘等を行なう権利を付与する性質のもので、いわば「権利付与」の性格を有する。

他方、立会・署名は、起業者に対して何らかの「権利付与」を行なうものではなく、むしろ逆に起業者が既に行なった土地・物件調書の「記載事項の真否、作成手続の適正さ」(原判決の立場にたつと、「作成手続の適正さ」のみ)を確認させるものであり、右「許可」とは全く異なる性質を持つものである。

以上のように、公的立会人が行なう立会・署名事務は、右②の事務と同種のものとはいえず、別表三、一、(百八)に含まれるものとはいえない。

4 原判決は、立会・署名事務の性格を「起業者を監督する観点から行なわれるもの」と抽象化した上で、「事業の準備のための他人の土地への立入り等の許可」も同じく「起業者を監督する観点から行なわれるもの」であるので、両者は同じ性質を有するとしたものである。

しかし、土地収用法は、ある意味ではすべて「公共の利益の増進と私有財産との調整を図るために起業者を監督する観点から行なわれる事務」といいうるものであるから、収用手続を「起業者を監督する観点から行なわれるもの」か否かで分類するのは適切でない。

土地収用法は、基本的に起業者に対して収用・使用権(収用使用する地位)を付与する手続と同権限(地位)に基づく収用使用を認めるか否かをチェックする手続とから成り立っている。前者は、国の権限とされ、後者は中立性を保障された収用委員会の権限とされている。土地収用法は、本来国家に属するとされる収用高権を、公共の利益の増進と私有財産権の保障との調整を図るために、右のように、国と収用委員会とにそれぞれの権限を配分しその役割を果たさせようとしているものである。

したがって、「起業者を監督する観点から行なわれるもの」であっても、その具体的目的に沿って、国が指揮監督すべきものであるか否かが別れる。

ところで、本来土地・物件調書の記載事項の真否、作成手続の適正さの調査確認は、国が行うべき収用使用権の付与という性質の事務ではなく、収用委員会が行なうべきチェック事務に属するものであるが、土地収用法は、収用委員会における審理の円滑かつ迅速な進行を図るために、起業者に対し、裁決申請の際に土地及びその土地上の物件に関する事実及び権利の状態を正確に記載した土地・物件調書を提出させ、もって、「審理の適正さ」を保障しつつ、審理の円滑かつ迅速な進行を図ろうとしたものである。

したがって、立会・署名事務は、その事務の性格からいうと裁決事務と同様に、国の指揮監督を離れて公平中立に行なわれるべき性質をもつものである。

(ちなみに、原判決は、収用委員会が行う裁決事務について、機関委任事務と解しているが、同解釈は、土地収用法五一条二項が「収用委員会は、独立してその職務を行う」と明記し、裁決事務に対する国の指揮監督を明確に排除する同法の趣旨に反するものである。地方自治法別表三、一、(百八)に事業認定事務が掲げられながら、裁決事務が記載されていないことからも、裁決事務が機関委任事務でないことは明らかである。原判決のこの点の判断には誤りがある。)

土地収用法の右基本的構造に照らすと、知事が吏員に行わせる立会・署名事務は、国の指揮監督が及ばない自治事務であり、知事が公的第三者の立場から、起業者の恣意的な調書作成を抑制し、財産権を保障するため、調書の記載事項の真否及び調書の作成手続の適法性を確認するものと解するのが相当である。

二 主務大臣について

1 原判決は、①地位協定に基づき駐留軍の用に供する土地等の国による使用収用に関する事務は、総理府に分配された所掌事務であること、②特措法が、総理大臣に対し使用収用認定に関する権限を付与したのは、総理大臣が総理府の長であり上級行政機関として防衛施設局長を監督する立場にあるためであること、の二点を指摘した上、③立会・署名も防衛施設局長を監督する観点で行われる事務であることから、右①、②の事務と同様総理大臣の権限に属すると判示する(八七〜八九頁)。

2 しかし、右判示は、誤っている。

右①は、起業者としての事務であり、駐留軍用地特措法四条により同法に基づく使用収用申請権者は、防衛施設局長と特定されている。

したがって、事務そのものは、防衛施設局の所掌事務であり、総理府に分配された事務と解することができるが、使用収用の申請権者は、総理大臣ではなく、防衛施設局長である。

右②は、防衛施設局長がなした使用収用認定申請を受けて、使用収用認定を行う権限を総理大臣とするものである。

したがって、①と②とは、法的性質を異にするものである。ところが、原判決は、防衛施設局長を総理大臣が監督するという点では、①と②は同一だと短絡して右結論を引出している。そのために、②について、「使用収用認定の要件の有無の審査には国の安全保障に係わる政策的かつ技術的な判断を要することから、その最終的判断を内閣の首長である原告に委ねるのが相当とされた」(八八頁)と妥当な指摘をしながら、「原告が、総理府の長でもあり上級行政機関として防衛施設局長を監督する立場にあることから、これらの使用収用に関する事務(引用者注、駐留軍用地特措法に定められている事務)に関する事務について権限を付与されたこともまた否定できない」(八八頁)として、別の説明を付加する。しかし、後の理由付けは、明らかに誤っている。駐留軍用地特措法は、防衛施設局長を監督する立場にあるから、総理大臣を使用収用認定権者にしたものではない。総理大臣を認定権者にしたのは、もっぱら前者の理由によるものである。①と②を同列視する原判決は、②の本質についての理解を欠くものである。

原判決の理屈によると、総理大臣は、防衛施設局長が行う使用・収用認定申請を監督しなから、自ら申請を受けて使用収用の認定を行うということになり、申請者と認定権者を区別して申請を認定権者がチェックするという法の趣旨が完全に没却されることになる。到底とりえない見解である。

3 ③の理解が誤ったものであることは、第四点、一、4において前述したとおりである。

また、立会・署名事務と認定事務とが異なる性質をもつものであることは、いうまでもない。

したがって、原判決の前記説明は、いずれも理由がない。

4 ②の総理大臣の事務は、いずれも認定事務に関するものであり、駐留軍用地特措法は、事業認定に関する事務以外の事務の所掌については何ら特別の定めを置いていない。右駐留軍用地特措法は、一般法たる土地収用法に対して特別法の関係に立つと解されるから、特措法に定めのない限り、土地収用法に立ち戻って事務の性質を解釈するのが法解釈の原則である。これは、駐留軍用地特措法施行令四条が土地収用法の読み替え規定を置いていることからも明らかである。

また、立会・署名の事務の性格から見ても、同事務が総理大臣でなければ行えないものではなく、建設大臣でもなしうるものであること、むしろ立会・署名のもつ財産権保障機能を考慮すると国の内部においても、総理大臣とは別の大臣に所掌させるのがその趣旨に最も合致することから、右のように解するのが特措法の趣旨に沿うものである。

ちなみに、原判決は、上告人が認定権者と立会・署名を所掌する主務大臣とを分離するのが、もっとも法の予定する財産権保障機能の趣旨に合致すると主張したことに対し、土地収用法において、建設大臣が事業認定権者の場合の説明が困難であると批判するが、本件で問題となっているのは、特措法に基づく立会・署名であり、同法では総理大臣が認定権者とされているので、この批判は当たらない。

よって、仮に、知事が吏員に行わせる立会・署名事務が機関委任事務だとしても、その主務大臣は総理大臣ではなく、建設大臣と解するのが正しい。

第五点 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反――駐留軍用地特措法一四条一項により適用される土地収用法三六条について

一 公的立会人の審査権の内容についての解釈の誤り

1 土地・物件調書の意義

(一) 原判決は、特措収用法三六条に基づく「防衛施設局長による右調書の作成は、収用委員会における審理の際に、事実の調査、確認をすることによる煩雑さを避け、審理の円滑かつ迅速な進行を図るために、あらかじめ、使用する土地及びその土地上にある物件に関する事実及び権利の状態についての争いの有無を整理するために行われるものであ(る)」(一〇五頁、同旨六九〜七〇頁、一三六〜一三七頁)と判示する。

(二) しかし、原判決の右解釈は、土地・物件調書の作成を「審理の円滑かつ迅速な進行を図るために、あらかじめ……事実及び権利の状態についての争いの有無を整理するために行われるもの」とし、調書作成の意義を争点整理に限定する点で誤っている。

特措収用法三六条は、駐留軍用地特措法五条に基づく総理大臣の使用認定を受けて(土地収用法三六条は、同法二〇条の事業認定を受けて)、裁決申請の対象土地及びその土地上の物件を特定し、収用委員会における審理を適正に行わせるために、総理大臣または起業者に対し、土地・物件調書の作成を義務づけるものである。したがって、土地調書は、裁決申請の対象土地及びその土地上の物件を正確に特定するものでなければならず、かつ、土地・物件調書は、土地及びその土地上にある物件に関する事実及び権利の状態を正確に反映したものでなければならない。

原判決は、この点を正しく理解せず、調書の作成の意義を争点整理のためと矮小化したものである。

駐留軍用地特措法五条に基づく総理大臣の使用認定は、同法四条に定める使用認定申請書に基づいて行われるが、同条二項及び同法施行令一条は、土地等の調書及び図面が添付されるものとし、同認定においては、使用認定地が地域として認定をされ、個々の土地ごとに使用認定がなされるものとはなっていない。裁決申請対象土地の個々の特定は、使用認定後に作成される土地調書により行われ、その土地上の物件の特定も使用認定後に作成される物件調書により行われるものとされている。

また、収用委員会は、権利取得裁決及び明渡裁決を行うが、その際、損失補償金の額を定めることを重要な職務としている。そのためには、裁決申請対象土地及びその土地上の物件に関する事実及び権利の状態を正確に把握することが不可欠である。

特措収用法が、防衛施設局長に対し土地・物件調書の作成を義務づけ(同法三六条一項)、同調書作成のために土地等への立ち入り測量、調査することを認め(同法三五条)、同調書に一定の事項の記載を義務づけ、かつ、実測平面図の添付を義務づけている(同法三七条)ことは、法が土地・物件調書に土地及びその土地上の物件に関する事実又は権利の状態を正確に反映させることを目的としているためと解される。また、特措収用法三八条が、土地所有者等が異議なく署名をした場合だけでなく、立会人が署名した場合にも土地・物件調書の記載事項の真否について異議を述べることができないと定めて法的推定力を付与していることは、土地・物件調書の記載事項が真実てあるべきことを前提として、立会人がその真否について確認することを予定しているためと解される。

このように解することにより、収用委員会においては、審理が適正に、かつ、円滑・迅速に行われるものである。

原判決のように、土地・物件調書の意義を「争点整理」に限定し、「事実及び権利の状態を正確に反映する」という本質を捨象するのは、土地・物件調書が何よりも収用委員会の審理が「適正」に行われることに資するものであることを無視した独自の見解であり、特措収用法三六条の趣旨を正しく解しない誤ったものと強く批判されなければならない。

2 立会人の審査権の内容

(一) 原判決は、土地・物件調書についての右特異な見解に立って、特措収用法三六条五項の立会人の署名押印義務の意味につき、「立会人は、土地所有者等の代理人として当該調書の記載事項の真実であることまで調査した上これを確認しなければ署名押印することができないというものではなく、土地・物件調書が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性がみとめられる方法により作成されたものであることを確認すれば署名押印することができ、また、署名押印しなければならない」(七二頁、同旨一〇六〜一〇七頁)と判示する。

(二) しかし、原判決の右解釈は、誤っている。

特措収用法三六条一項は、前述のとおり、防衛施設局長に対し、裁決申請対象土地を正確に特定し、かつ、土地及びその土地上の物件に関する事実又は権利の状態を正確に反映した土地・物件調書を作成することを義務づけていると解すべきものであるから、土地所有者等が立会・署名の際に同調書の記載事項の真実性、作成手続の適法性を点検し得るように、特措収用法三六条四項及び五項の立会人も、少なくとも土地・物件調書の記載事項の真実性、作成手続の適法性を調査することができ、記載事項が真実に反し、または、作成手続が不適法である場合には、署名押印を行わないことができると解すべきである。

原判決は、前述のとおり、特措収用法三六条一項の解釈を誤り、土地・物件調書の意義を収用委員会の審理を円滑及び迅速に進めるために「争点整理」を行わせるものであると解し、土地・物件調書が事実及び権利の状態を正確に反映すべきことを否定したことから、土地所有者等の立会・署名並びに立会人の立会・署名押印は、土地・物件調書の記載事項の真実性、作成手続の適法性を確認するものではなく、単に土地・物件調書が「一応の合理性がみとめられる方法により作成されたものであることを確認す(る)」だけのものであり、同確認を越えて、立会人が土地・物件調書の記載事項の真実性、作成手続の適法性を確認することを違法と判示したものである。

原判決の論理によると、立会人は、土地・物件調書の記載事項が虚偽であり、あるいは作成手続が違法であることを確認した場合でも立会・署名を行わなければならないことになり、かつ、この場合にも調書に真実性の法的推定力が付与されるという結果を帰結することとなる。しかし、これが不当なものであり、法的正義に反し容認できないことは、いうまでもない。

原判決の右論理の最大の誤りは、公的立会人が土地・物件調書の記載事項の真実性、作成手続の適法性を調査し、確認する行為を違法とする点にある。この原判決の論理は、土地所有者等の立会・署名並びに公的立会人の立会・署名につき、防衛施設局長(起業者)の恣意的な調書作成を抑制し、土地所有者等の財産権保障のために適正手続を保障しようする趣旨が存することを完全に否定するものであり、特措収用法三六条の解釈を根本的に誤ったものである。

(三) ところで、原判決は、特措収用法三六条の公的立会人の行う立会・署名につき、「公的立会人をして土地・物件調書を確認させ、もって、調書の作成手続の適正さを保障しようとしたのであ(る)」(七二頁)と判示し、あるいは、「このように署名等代行事務は、事業認定により公用使用・収用権を付与された起業者が裁決手続の円滑かつ迅速な進行を図るために義務づけられた土地・物件調書の作成について、その手続の適正を保障しつつ、これを完成させて、裁決申請に必要な書類の一つを整えさせる補充的事務であり、事業認定手続又は裁決手続に付随し、公共の利益となる事業に必要な土地等の使用収用について、公共の利益と私有財産との調整を図るために起業者を監督する観点から行われる事務と解される」(七二〜七三頁)と判示する。原判決のこの指摘は、確認の対象から土地・物件調書の記載事項の真否の確認を除いている点で不十分であるが、公的立会人の確認が作成手続の適正さを保障するものとする点は正当なものである。同指摘に立つと、当然公的立会人は、土地・物件調書が「一応の合理性の認められる方法により作成されたものであることを確認」するだけでは足りず、さらに進んで作成手続が「適法か否か」を確認することを求められることになる。ところが、原判決は、公的立会人の確認義務を「一応の合理性の認められる方法により作成されたものであることを確認」することにとどめるだけでなく、さらに公的立会人が「作成手続の適法性」を確認することを違法として禁ずるものであり、原判決には、明らかな論理矛盾が存するものである。

3 本件各土地に対する特措収用法三六条の適用の誤り

(一) 原判決は、公的立会人の審査権の内容を「一応の合理性の認められる方法により作成されたものであることを確認」することに限定して解釈したことにより、上告人が主張する「土地・物件調書の記載事項の虚偽性、作成手続の違法性」について判断することなく、「土地・物件調書が、一応の合理性の認められる方法により作成されたものであるか否か」だけを判断したものである(一〇八〜一三〇頁)。

(二) ところで、原判決も判示するとおり、防衛施設局長は、本件1土地、本件2土地のうち松田正太郎所有地、本件7土地のうち金城昇、比嘉信子及び喜友名朝則各所有地並びに本件8土地(以下、これらの土地を『一九九二年裁決土地』という)については、「今回の特措法に基づく使用手続のために改めて現地で測量をしなかった。」(九六頁)ものであり、「本件使用認定の後に、那覇防衛施設局職員が、現地において平成四年(一九九二年)裁決土地に係る実測平面図の原案が本件使用認定後の土地の現況を表すことを確認した上で、これを平成四年裁決土地に係る土地調書に添付して、土地調書となるべき図面を作成した。」(九六頁)ものである。

特措収用法三六条一項は、使用認定の告示後に土地調書を作成することを義務づけ、同法三七条一項は、土地調書に「実測平面図」の添付を義務づけるものであるから、同法は使用認定の告示後に作成された実測平面図の添付を義務づけているものと解されるところ、右のように、防衛施設局長は、一九九二年裁決土地に係る土地調書に一九九二年裁決申請手続において作成された実測平面図の原案を基に転写して作成した図面を添付して本件立会・署名を求めたものであるから、同法三七条一項が定める「実測平面図」を添付していないことになり、土地調書そのものが不適法なものとなる。

原判決は、一九九二年裁決土地についての本件土地調書が、右のとおり、不適法なものであるにもかかわらず、公的立会人の審査は、土地調書の作成の適法性を判断するものではなく、土地調書が、「一応の合理性の認められる方法により作成されたものであるか否かを確認」すれば足りるとして、防衛施設局長が作成した同土地調書を「一応合理性の認められる方法により作成されたもの」と認めたものであるから、審査権の内容についての法令の解釈の誤りは、判決の結果に影響をあたえることが明らかである。

(三) また、原判決も判示するとおり、「本件土地のうち本件6以外の土地(以下、『本件6以外の土地』という。)については、位置境界の明確化作業により、当該土地に係る地図及び簿冊が作成され、これが認証された国土調査の成果と同一の効果があるものとして指定され、この地図が登記所備付けの地籍図となっている。」(一〇九頁)が、「本件6土地は、位置境界明確化法による手続が完了しておらず、認証された国土調査の成果と同一の効果があるものとして指定された地図及び簿冊の存在しない土地である。」(一二五頁)。

したがって、本件6土地については、地番、筆界が確定していないため、所有者も明確化されていない。

特措収用法三七条一項一号は、土地調書の記載事項として「土地の所在、地番、地目及び地積並びに土地所有者の氏名及び住所」を掲げる。

原判決は、「地籍が確定しているか否かは土地調書の格別必要的記載事項とはされていない」(一二七頁)と判示するが、右のとおり、土地調書には、「地番」の記載が必要とされており、「地番」は地籍の中核的概念であることを考えると、土地調書は地籍が確定していることを当然の前提としていると解すべきであるから、原判決の同判断は誤っている。

したがって、土地の位置境界が明確化されていない土地については、強制使用・収用がなしえないと解するのが相当である。

仮に、土地の位置境界が明確化されていない土地について、強制使用・収用がなしうるとしたら、その場合の土地調書は、地番、筆界、所有者が不明の土地調書として作成されなければならない。

ところが、本件6土地についての土地調書には、「地番」が明記され、かつ、土地所有者として「島袋善祐」が記載されており、記載事項が事実に反するとともに、作成手続そのものも不適法なものとなっている。

(四) 原判決は、本件6土地の位置境界(地籍)が明確化されていないことを認めた上で、①本件6土地とその隣接土地との境界は関係土地所有者において確認済みであること、②本件6土地について、島袋善祐名義で所有権登記がなされていること、③同一土地について、これまで二回にわたり使用裁決がなされていること、④島袋善祐は、裁決に係る補償金を受領し不服を述べていないこと、の四点を理由に本件6土地を島袋善祐の所有地とし、当人の土地の境界を本件6土地の境界と認定して、本件土地調書及び実測平面図を作成したことにつき、「一応の合理性が認められる」(一二六〜一二七頁)と判示する。

しかし、右の各点は、いずれも理由にならないものである。

先ず①の点は、島袋善祐自身が否定し、上告人も否認して争っているところであり、位置境界が明確化されていないことから明らかなように境界が確定していないものである。原審は、上告人が争っているにもかかわらず、島袋善祐の証人申請を採用せず、右のように事実認定をなしたものであり、証拠に基づかない事実判断として違法なものである。

②の点は、「二二九一番」の土地について、島袋善祐名義で所有権登記がなされており、本件6土地について、登記がなされているものではない。右判断は、二二九一番の土地と本件6土地とが同一との前提にたたなければ導きえない結論である。しかし、位置境界が明確化されていないものであるから、二二九一番の土地と本件6土地とが同一であると認定しえないものであるから、右判断は誤っている。

地番、筆界は土地所有者が任意に定めうるものでないことは、いうまでもないし、ましてや、本人が同意しないのに、隣接の土地所有者が同意したからといって地籍が確定するものではない。周知のように、位置境界明確化法は、例外的に、土地所有者全員の集団的和解を基礎に、所定の手続を完了することにより、地籍を確定する特別法である。同法の手続が完了していないにもかかわらず、地籍が確定していると解することは、同法の制定の趣旨を否定するものであり、到底とりえない見解である。

③は、確かに事実であるが、島袋善祐は、過去二回の裁決手続において、土地調書の記載事項が真実に反する旨異議をのべて争っており、かつ、使用裁決の違法性を主張して現在那覇地方裁判所において係争中の者である。したがって、過去に収用委員会が本件6土地を島袋善祐の所有地として使用裁決をなしたからといって、これを理由に裁判所が本件6土地を島袋善祐所有地と断定するのは、証拠に基づかない事実認定として違法といわなければならない。

④は、島袋善祐は、使用裁決がおこなわれたため、無理やり那覇防衛施設局から補償金を受け取らされたものである。島袋善祐は、右に述べたとおり、使用裁決そのものを争っているものであるから、同人が補償金を受け取っていることを理由に、本件6土地が同人の所有地と認定することはできない。

よって、本件6土地の土地調書は、いずれも不適法なものであり、また、同調書の作成につき「一応の合理性」も認められないものである。

二 立会方法についての解釈の誤り

1 立会の場所

(一) 原判決は、土地・物件調書が収用委員会の「審理の円滑かつ迅速な進行を図ることにより、あらかじめ、使用する土地及びその土地の上にある物件に関する事実及び権利の状態についての争点を整理するために防衛施設局長によりおこなわれる裁決申請の準備手続であり、前記のとおり、法は、土地・物件調書の記載内容が客観的真実に合致していることまで要求しているものではなく、その作成手続が一応の合理性が認められる方法により適正に行われることを要求しているにすぎ(ない)」(一三七頁)として、特措収用法三六条二項の土地所有者等の立会は、署名押印を求める場所で足り、現地での立会を要するものではない(一三六〜一三八頁)と判示する。

(二) しかし、原判決の右解釈は、誤っている。

原判決が、土地・物件調書の意義を収用委員会の審理の「円滑かつ迅速な進行」のために「争点整理」を行うものと解することが誤ったものであることは、すでに指摘したとおりである。土地・物件調書は、なによりも収用委員会の審理の「適正さ」を実現することに奉仕するものであり、その上で審理の「円滑かつ迅速な進行」に資するものである。

また、土地・物件調書が裁決申請の対象土地を特定し、対象土地及びその土地上の物件に関する事実及び権利の状態を正確に反映することを求められていることも、すでに指摘したとおりである。

特措収用法三六条二項が、土地所有者等を立ち会わせることを義務づけたのは、まさに土地・物件調書の記載事項の真否、とりわけ調書に添付される実測平面図の正確性、作成方法を土地所有者等に確認させるためである。土地・物件調書に添付される実測平面図は、調書の記載事項を補充し、その内容の正確性を担保するものであるところ、実測平面図の内容の正確性、作成手続の適正さは、図面を見せられて説明されるだけでは確認しえないものであり、現地で説明されて初めて確認しうるものである。したがって、土地所有者等が土地・物件調書及び添付の実測平面図を確認する場所は、現地でなければならない。このように解しないと、法がわざわざ「立会」を保障した積極的意義を没却することになる。

原判決は、署名押印を求める場所において、土地所有者等を立ち会わせて、調書の記載内容を説明すれば十分その目的を遂げるとするが、それは、原判決が確認の内容を前述のように矮小化し、誤った解釈に立っているからである。右のように、土地所有者等の確認の内容が、土地・物件調書の記載事項の真否、作成手続の適法性だとすると、現地以外の場所で立会・署名を求めるのでは、その目的を十分に遂げることはできない。

よって、原判決の右解釈は、誤りである。

以上のとおり、防衛施設局長は、土地所有者等、市町村長、県知事に対して、各々現地以外の場所で本件立会・署名を求めたものであるから、同行為は、不適法なものである。

2 実質的な立会機会の保障

(一) 特措収用法三六条二項は、土地所有者等に対し、形式的な立会機会をあたえるだけでなく、実質的な立会いの機会を保障するものである。

特に、本件のように、戦後五〇年余という長期間にわたって米軍基地に強制使用され、基地内への立ち入りが禁止されてきたという特殊な経緯を有する本件各土地については、実質的な立会機会を保障することは、土地所有者等の財産権を保障する上で極めて重要である。

(二) 仮に、法が一般的に現地立会いを求めていないとしても、本件各土地のように、土地所有者等が長期間にわたって基地内の自己所有地の現況を知りえないという特殊な状況の下では、土地所有者等から事前に基地内に立ち入って所有地を確認したいとの申し出があった場合は、防衛施設局長は、同立ち入りを認めた上で立会・署名を求めるべきである。

ところが、防衛施設局長は、本件各土地の所有者等の右基地内立ち入りを拒否したまま、形式的に現地以外の場所における立会・署名を求めたものであり、同行為は、実質的な立会・署名の機会を保障しなかったという意味で、不適法である。

三 地方自治の本旨に反する機関委任事務の執行を拒否する権能

1 執行義務の憲法上の限界

(一) 原判決は、「憲法九二条は、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定めると規定しており、法律に基づき国の事務の処理を都道府県知事に委任する場合にも地方自治の本旨に基づくことが要請されることは明らかである。したがって、都道府県知事は、法令に基づき委任された国の事務を執行することが当該法令により義務づけられている場合でも、これを執行することが地方自治の本旨に反するときには、右事務の執行を拒否することができると解するのが相当である。」(二三六頁)と判示する。

これは、正当である。

地方公共団体の長は、憲法第八章において、その地位の自主独立性を保障され、地方自治の本旨にしたがって職務を執行する憲法上の責務を負い、かつ、地方公共団体の長に国の事務の執行を委任する法律も、憲法上「地方自治の本旨に基づいて」定められることを要請されているものであるから、特措収用法三六条五項が、仮に、国の事務の執行を知事に機関委任する規定だとしても、知事は、同事務の執行が地方自治の本旨に反する場合にはこれを執行しないことが許されるのは、当然のことである。

原判決が、右指摘に続いて「しかしながら、右の場合を除き、法令に基づき都道府県知事に対し国の事務の処理を委任するに当たり、当該都道府県知事に被告の主張する一定の裁量権ないし自主的判断権を付与するか否か、付与する場合にどの程度付与するかは、もっぱら立法政策に係る事柄であ(る)」(二三六〜二三七頁)と述べていることから明らかなように、原判決は、個々の法令が機関委任事務の執行を委任する際に、知事に自主的判断権を付与したか否かとは別個に、憲法上、知事が地方自治の本旨に反する機関委任事務の執行を拒否する権能を有することを認めたものである。

(二) ところが、原判決は、右の点について正しい解釈を示したにもかかわらず、上告人である沖縄県知事が本件立会・署名を行うことが、地方自治の本旨に反するとは認められないと判示する(二三八〜二三九頁)。

すなわち、都道府県知事の署名等代行の効果は、

① 防衛施設局長が、収用委員会に対し使用裁決の申請をする際に要する書類の一つを、整えさせること

② 土地・物件調書の記載事項について、一応真実であるとする推定力を付与すること

③ 右法的推定力も、土地所有者等が異議を付記して署名することにより、排除しうること

にすぎないので、本件立会・署名を知事に義務づけたとしても、そのことをもって地方自治の本旨に反するとはいえないと判示する。

しかし、右判示は、誤っている。

右三点は、いずれも署名押印の直接の法的効果を示すものであるが、署名押印の重要な法的効果である「防衛施設局長の恣意的な調書作成が抑制され、財産権保障のために適正手続が保障される」という点が欠落しており、不十分なものである。

しかし、何よりも原判決の誤りは、①の効果を形式的にとらえ、実質的に理解していないところにある。

確かに、立会・署名は、土地・物件調書を整えるところに、その形式的意義が存するが、実質的には、防衛施設局長が行う強制使用手続を進めさせるところにその意義が存する。原判決は、この点についての洞察を欠いており、実質的判断を回避し、形式的判断に終始した原審の姿勢を最もよく示すところである。

上告人たる沖縄県知事は、本件立会・署名が実質的に防衛施設局長が行う強制使用手続に必要な土地・物件調書を整えさせ、強制使用手続を進めることとなることから、同強制使用手続がもたらす結果が地方自治の本旨に反することになると判断して、本件立会・署名を行わなかったものであるから、原審は、証拠調べを行った上、本件立会・署名がもたらす実質的効果が地方自治の本旨に反することとなるか否かを、証拠に基づいて判断すべきであった。

都道府県知事は、憲法により、自主独立した地位を認められ、地方自治の本旨に基づいて自治行政を執行する憲法上の権能を有するものであるから、機関委任事務の執行によりもたらされる実質的法的効果、結果を考慮して、機関委任事務の執行が地方自治の本旨に反することとなるか否かを自主的に判断する権能を有するものである。

地方自治法一五一条の二が、機関委任事務の執行に法令違反がある場合又は怠りがある場合に、ただちに職務執行命令を発しうるとせずに、これを放置することにより「著しく公益を害することが明らかであるとき」としたのは、地方自治の本旨に反するか否かの判断が地方公共団体の長の自主的判断に委ねられていることを前提とした上で、その自主的判断に著しい誤りが存する場合に職務執行命令を発しうるとしたものと解される。

原判決は、地方自治の本旨に反するか否かの判断が憲法により保障された知事の自主独立した地位に基づくものであること、及び、地方自治の本旨に反するか否かが自治行政上の実質的かつ行政的判断であることを見失ったものであり、原判決の右形式的判断は到底支持しえないものである。

よって、原判決には、沖縄県知事の自主的判断権について、それが「自治行政上の実質的かつ行政的判断」であることを見失った点で、法令解釈の誤りがあり、かつ、本件立会・署名を行わなかったことが地方自治の本旨に反していないとした点で、判断に誤りがある。

四 自主的法令解釈権

1 行政機関内部における自主的法令解釈権

法令を執行する機関は、当該法令を執行するに際し、当該法令に基づき執行権限を有するのか、執行義務を負うのかを判断(自主的法令解釈権)して、当該事務を行うか否かを決めるものである。この意味で自主的法令解釈権は、法令を執行する者に当然に認められるものであり、行政法学の通説である。

もちろん、行政機関内部においては、下位の行政執行者の判断は上位の自主的法令解釈権により統一されるが、上位の機関が行政機関における最終的自主的法令解釈権を有することが、下位の行政機関又は執行者が自主的解釈権を有することを否定することにはならない。

右の意味での自主的法令解釈権は、ある意味では、当然のことであるが、学説が「自主的な法令解釈判断」としないで自主的法令解釈「権」と位置づけているのは、近代の法治国家の下では、何人も違法な法令に基づく権限を有せず、また、執行義務を負わないからであり、そして、何人も自主的に同判断を行いうる権能を有する国民主権の基本思想が存するためと解される。

2 知事の自主的法令解釈権

機関委任事務を委任された都道府県知事も、右の意味における自主的法令解釈権を有する。

知事は、国の事務の執行を委任されているものではあるが、その地位が憲法により自主独立性を保障されたものであるから、知事の自主的法令解釈権は、主務大臣の自主的法令解釈権の下位にあるものとして同解釈権に統一されるものではなく、主務大臣の自主的法令解釈権と対等のものとして、司法の場においてどちらが正しい解釈なのか最終的に判断される性質のものである。

本件において、上告人たる沖縄県知事は、自主的法令解釈権に基づき駐留軍用地特措法が憲法に違反し、同法に基づく本件強制使用認定が憲法に違反するので、本件立会・署名を行うべき義務は存しないと主張しているものであるから、裁判所は、憲法により付与された司法審査権を行使して、同義務が存するか否かを判断すべきである。

原判決は、駐留軍用地特措法の違憲性については、判断を示しながら本件強制使用認定の違憲性については、独自の見解に基づき判断を行わなかったものであり、判断脱漏がある。

第六点 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反―地方自治法一五一条の二について

原判決は、以下に述べるように、地方自治法一五一条の二の解釈につき、判決に影響を及ぼすべき重大な誤りを犯したものであり、又この点につき理由不備ないし理由齟齬の違法があって、到底破棄を免れない。

一 職務執行命令制度について

1 地方自治法一五一条の二は、いわゆる機関委任事務について職務執行命令訴訟制度を定めたものである。

この制度は、英米法のマンディマス・プロシーディングの制度を我が国行政法体系に取り入れたものといわれているが、英米法における制度をそのまま取り入れたものではなく、日本国憲法の地方自治の制度的保障との関係で、相当程度に変容した上取り入れられたものである。

すなわち、英米法におけるマンディス・プロシーディングは、主としてアメリカ各州の判例法により形成された制度で、一般的には私人が行政機関を相手として職務の執行を求めるコモン・ロー上の司法令状であり、行政機関相互の争訟制度として機能する場合も上級庁から下級庁への命令と訴追に限らず、並列した行政機関相互においても認められ、また、その内容は「行政庁の負担する羈束的義務の履行を命ずるものであり、それに委ねられている裁量権の行使の過誤を審査するものではない」とされている。

これに反して、我が国地方自治法一五一条の二の職務執行命令は、憲法上の地方自治の制度的保障、これを裏づける地方自治の本旨の中身である住民自治と団体自治の保障の観点から、機関委任事務について、国の事務の必要性と地方公共団体の長の自主独立性の尊重の要請とを調和させるものとして制度化されたものと解されている。それゆえに、審判者としての裁判所は、職務執行命令の適法性を「実質的に」審査するべき(最高裁一九六〇年六月一七日判決)義務を負うものである。

2 一般的な行政法上の観念では、下級行政庁は上級監督庁の命令には、それに「重大かつ明白な」瑕疵がある場合を除いて、命令の適法性の推定の下に服従する義務があり、自ら命令の適法性の判断をする余地がないと理解されているが、地方自治法一五一条の二の職務執行命令は、この例外を定めるものである。

職務執行命令を審理する裁判所は、係争中の具体的な機関委任事務の執行について、そもそも主務大臣の命ずる職務執行が適法なのか否か、仮に適法だとしても、他に是正措置がないのか、職務の執行を放置することによって、著しい公益侵害が明らかに認められるのか等の地方自治法一五一条の二、一項、二項及び三項が定める要件の有無を、地方公共団体の長の本来的独立性を十分尊重しながら、実質的に判断しなければならない。

原判決が、「裁判所は、本件訴訟において、本件命令の実質的適否、すなわち、都道府県知事が、法律上、本件命令に係る事項を執行すべき義務を負うか否かを判断する際に、右法令により都道府県知事に審査権が付与されていない事項を審査して右義務の有無を論ずることはできない」(一九八〜一九九頁、同旨二二六頁)と判示したことは、上告理由の第三点で詳述したとおり、誤ったものである。

したがって、知事の審査権の範囲にとらわれず、裁判所は地方自治法一五一条の二、一項の「法令違反」又は「怠り」の有無について、実質的判断を行うべきであるが、それだけでなく、「著しく公益を侵害することが明らか」であるか否か及び「他の是正措置」があったか否かについても、判断をすべきである。

原判決は、「法令違反」又は「怠り」の要件の有無については、知事の審査権の限度でしか判断をなしえないとしたが、右「公益侵害」の要件及び「他の是正措置」の要件については、右制約にとらわれず、裁判所が判断しうるとの前提に立って、内閣総理大臣の職務執行命令の実質的違法性の判断をなすにあたって、右「公益侵害」要件及び「他の是正措置」要件の判断を行っている。

そこで、以下、右二要件について、解釈・判断の誤りを詳述する。

二 地方自治法一五一条の二の「他の是正措置」要件についての誤り

1 原判決は、地方自治法一五一条の二第一項から八項までに規定する措置以外の方法によって是正することが困難であるかどうかの要件については、上告人と国との一九九五年八月二一日以降の交渉の事実経過を列挙した上で、上告人が地方自治法一五〇条の指揮監督や同法二四六条の二による措置要求に従う見込みがないので、同要件に該当するとする。

そして、上告人の地位協定二条二項の取極再検討、同条三項の施設および区域の返還の規定に触れた主張に対しては、「被告が本件署名等代行業務の管理執行の義務を負うことを前提としてその法令違反又は怠りを是正すべき他の方法とはなり得ない」とか、あるいは「被告が本件署名等代行に応ずる余地のあるような基地の整理縮小、返還に係る合意がされる可能性は高いとはいえない」などとして、上告人の主張を否定する。

しかし、原判決の右判断は、上告人の長年にわたる基地整理縮小、返還の要求これに対する国の怠慢の事実を正当に理解したものとはいえず、地方自治法一五一条の二の要件判断を誤ったものである。

地方自治法が職務執行命令訴訟の制度を設けた趣旨は、国の正当な機関委任事務について、都道府県知事が、何らの理由なく身勝手にその職務を拒否したり怠る場合を想定したのではないことは当然である。

都道府県知事という地方自治体の最高責任者が国の機関委任事務を拒否したり怠ったりする場合には、必ずその自治体固有の強い公益が背後に存在し、その公益と職務執行勧告、命令が抵触することが想定されており、それがゆえに裁判所が審判者として「実質的審理」を行い「職務執行命令の適法性」判断を行うのである。

したがって、本件職務執行命令に直接つながる一九九五年八月二一日からの交渉経過だけから「他の是正措置」を判断したり、国の怠慢により、ほとんど行われてこなかった過去の基地縮小、返還交渉経過からその可能性を論じたりする原判決の判断は、国の二三年余にわたる怠慢を免罪するものであり、職務執行命令訴訟制度に期待した法の趣旨を全く踏みにじるものと言わなければならない。

上告人が原審において、基地縮小、返還に向けた努力、外交交渉が国が行うべきであったこと、地位協定二条、三条の活用によって本件職務執行命令に代替する措置があったことを指摘したのは、右復帰後二三年余の国の怠慢の経緯を踏まえたものであり、正当なものであった。

原判決は上告人の主張に対し、それを基礎づける事実が存するか否かについて全く証拠調べを行わないまま、右判断をなしたものであり、それが原判決の誤りなのである。

三 「公益侵害」要件についての誤り

1 地方自治法一五一条の二、一項にいう「公益」の位置づけ

(一) 原判決は、地方自治法一五一条の二第一項の「公益」について、

「同条項は、国の機関としての都道府県知事の権限に属する国の事務が一定の公益を保護、実現するために管理執行されるものであり、右事務の管理執行に法令違反があり又は怠りがある場合に右公益が害されることを当然の前提として、都道府県知事の地位の自主独立性に配慮し、著しく右の公益を害することが明らかであるときに限って主務大臣による職務執行命令手続の発動を可能ならしめたものである」

とした上で、

「同条条項にいう公益とは、当該国の事務の管理執行を都道府県知事に委任している当該法令が右事務の管理執行により保護、実現しようとしている公的な利益であると解される」

と判示する(二六〇頁)。

しかしながら、右判示は、地方自治法の定める「公益」に関する判断を誤ったものである。

地方自治法一五一条の二、一項の勧告、命令の要件として「それを放置することにより、著しく公益を害することが明らかであるとき」と明記しており、右規定の文言上も、機関委任事務の執行を放置することにより失われる当該法令の保護法益と対比される「公益」が予定されていると解される。原判決のように右公益を「当該機関委任事務に係る公益」と狭く、限定的に解釈すべき合理的根拠はない。

原判決のように、地方自治法一五一条の二、一項にいう「公益」を「当該事務の管理執行による保護、実現しようとする公的な利益」と解することになれば、機関委任事務はその性質上すべて公的な利益にかかわるものであることからして、事務の不履行は、ただちに公益侵害に当るとの評価を受けることになり、残るのは公益侵害が「著しく」「明らか」か否かという要件のみが司法審査の対象となるにすぎないということになる。これでは、「法令違反ないし職務懈怠」とは別個に「公益侵害」を独立の要件として定めた法の趣旨を没却することになる。

(二) 原判決は、「公益」要件の司法審査について、一応「都道府県知事による当該事務の管理執行における法令違反又は怠りの具体的態様や影響等を考慮して、それを放置することが著しく右の公益を害することが明らかであるかを判断すべきである」と判示したが(二五九〜二六一頁)、原判決のとる前記「公益」判断からは、結局のところ、司法審査の対象は、「公益侵害の有無」ではなく「公益侵害の程度」すなわち、「公益侵害の顕著性」および「明白性」に限定されることにならざるを得ない。

地方自治法は、地方自治体の長本来の地位の自主独立性と国の指揮監督権との調和を司法による同法一五一条の二、一項の要件判断によって行わしめるために、職務執行命令訴訟制度を設けていると解されるのであり、いわば両者の対立の調整基準として「著しく公益を害することが明らか」という要件が設定されているものと把えなければならない。

「公益侵害」の要件についての立法趣旨は、「物の考え方としては、代行についてはできるだけ慎重であるべきである、こういう見地に立って、代行できる場合を限定しようとするもの」(第一二〇国会衆議院地方行政委員会での政府要員答弁、乙三三号証「地方行政委員会議録第六号六頁」)とされているが、原判決の「公益」判断はこのような立法趣旨にも反するものである。なぜなら、原判決の「公益」判断からすれば、「代行できる場合を限定しようとする」法の趣旨が生かせる余地は、全くないと考えられるからである。

現行地方自治法一五一条の二の規定は、旧地方自治法一四六条の改正によるものであるが、右改正は地方自治の尊重を推進するためのものであることはいうまでもないところであり、地方分権推進法(一九九五年法律九六号)の制定など地方自治尊重の立法動向なども考慮するならば、砂川町長事件に関する最高裁判決(旧地方自治法時代のもの)が判示した職務執行命令訴訟の一方の要請である地方公共団体の長の本来の独立性の尊重という意義は今日一層強調されるべきである。

(三) このように考えるならば、「公益」概念は、地方自治の本旨をも十分に踏まえて把える必要があり、地方公共団体の長が代表する当該地方公共団体及び住民の観点からする公益を考慮の内に入れることは必要不可欠の要請であるというべきであり、このような公益を考慮のらち外におく原判決の「公益」概念は、法の趣旨に明らかに反するものといわなければならない。

上告人は、原審において、右のような基本的立場に立って、米軍基地の実態に関わる諸事実を「公益」を基礎づける事実として指摘し、上告人が求める公益を述べ、少なくとも被上告人主張の「公益」との比較衡量により公益侵害の有無及びその程度を判断すべきであると主張した。

ところが、原判決は、本件の事実関係について、「前提事実」(六〜三一頁)と「被告が本件署名等代行事務を拒否した背景にある事実」(三〇〜四七頁)とに書き分け、「背景事実」として不十分ながら認定した①米軍基地の概況、②米軍の演習訓練、事件・事故、③米軍基地が環境に与える影響、④米軍基地が沖縄県の振興開発に与える影響、⑤行政事務の加重負担等々の事実(三一〜四七頁)については、本件争点に関わる法的判断とは関わりのないものと把え、「著しく公益を侵害することが明らか」か否かの判断において、同認定事実を一切考慮していない。

原判決がこのように、米軍基地にかかわる事実関係を法的判断の枠組みから完全に排除したのは、原判決の右のような誤った「公益」理解によるものであり、その結果、本件における「公益侵害」の判断を誤ったものである。

本件における公益侵害の有無、公益侵害の顕著性及び明白性の存否は、前述したとおり、本件立会・署名により得ようとする公益のみではなく、立会・署名拒否によって上告人がもたらそうとした公益(それは米軍基地の実態にかかわる様々な事実関係とかかわる)と比較衡量した上で、憲法的評価を加え、地方自治の本旨を踏まえて判断されるべきものであった。

(四) 以上のとおり、原判決の「公益」解釈は、法の明文に反することはもとより、重要な法の趣旨である地方自治の本旨に則った地方公共団体の長の本来の自主独立性の尊重の要請を無視するものであって、地方自治法一五一条の二、一項の「公益」に関する判断をその基本において誤ったものというべきである。

2 特措収用法三六条五項の保護法益について

(一) 原判決の理解

(1) 原判決は、本件における公益の具体的内容について、つぎのように判示している。

「都道府県知事に対し署名等代行事務の管理執行を委任している特措収用法三六条五項が保護・実現しようとしている公的な利益とは、前記のとおり、使用認定告示後における裁決申請の準備手続である同条による防衛施設局長の土地・物件調書作成に当たり土地所有者等及び市町村長の署名押印が得られない場合に、右調書の作成手続の適正を保障しつつ右調書を完成させて同局長による裁決申請に必要な書類の一つを整えさせることである。」(二六一頁)

そして、上告人が右「義務」の履行を拒否することは、

「那覇防衛施設局長は、……特措収用法三九条一項に基づく使用裁決申請及び同法四七条の三に基づく明け渡し裁決の申立を適式にすることができなくなり、収用委員会における審理及び判断を待たずして、その前段階において本件各土地の使用権の取得の可能性を完全に奪われるものであって、既にそれだけで、特措収用法三六条五項が保護実現しようとしている公益を著しく害することが明らかである。」(二六二頁)

つまり、原判決は、起業者である那覇防衛施設局長が使用裁決申請に必要な書類が整わないため、本件各土地の使用権取得の可能性が奪われることが直ちに公益の侵害であるとしている。

(2) 原判決はさらに、「のみならず」として、つぎのように判示している。

「のみならず、本件各土地がどのような状況にあるかをみるに、前提事実のとおり、我が国は、安保条約六条に基づく地位協定二条に基づき、米軍に日本国内の施設及び区域の使用を許さなければならず、沖縄返還協定、前記了解覚書、施設及び区域の提供等に関する協定により、米国に対し、沖縄復帰の日以来、本件各土地を現在に至るまで米軍の用に供しており、所定の手続を経ないうちはこれをなお米軍の用に供することを義務づけられているのである。」

「したがって、本件各土地が右のような状況にあるものであることをも併せ考慮すると、被告の本件署名等代行の管理執行における前記法令違反は、このような状況にある本件各土地について、防衛施設局長による裁決申請の機会を失わせ、収用委員会における審理および判断さえ経させることなく、その前段において国による本件各土地の使用権の取得及び前記の条約上の義務の履行の可能性を完全に奪うものであって、公益侵害の要件の充足を否定することはできないというべきである。」(二六四頁)

これは、いわゆる安保公益論ともいうべきである。

これらの原判決の判断が誤っていることは、以下のとおり明らかである。

(二) 上告人の本件立会・署名の拒否と公益

(1) 本件職務執行命令拒否の理由

上告人は、「公益」に関連していうと、つぎの理由から本件の「立会・署名」を拒否した。

① 沖縄は、戦後五〇年余、米軍基地のため、強制的に土地を奪われ現在に至っている。

② 米軍基地の存在は、沖縄県民の生活・人権・教育・平和などに大きな被害を与えているばかりでなく、関係地方公共団体の発展を大きく阻害し、地域におけるシビルミニマムの実現を困難にしている。

③ 米軍基地は本土に較べ沖縄に集中化され、その整理・縮小も本土に較べ著しく立ち遅れている。

④ 国は、復帰以降たびたび基地の整理・縮小を明言し、一九九〇年には上告人に対し「必ず整理・縮小を進めるから、公告・縦覧手続きを行って欲しい」と約束しておきながら、その約束は履行されていない。

⑤ 本件における使用認定および、それに基づく職務執行命令は基地の整理・縮小とは逆行するいわば基地の固定化の手続きといえるもので、県民を代表する知事としては到底協力できない。

つまり、上告人は、国の機関としての立場と同時に県民の代表としての立場を併せもつものとして、地方自治の本旨に従い、本件職務執行命令を拒否したのである。

以下、これをより具体的に述べる。

(2) 基地被害の内容

基地被害は、通常の軍事演習のもたらす被害、爆音や軍事車輌通行などの被害、土地利用が制約されることの被害、米軍人による犯罪など県民個人が受ける被害等を指して使われているが、確かに、その被害は本土国民に較べて異常に大きいものであることは間違いない。

その上、忘れてはならないのは、住民の生活に対しシビルミニマムといわれる行政サービスを提供する義務を負っている地方公共団体が基地によって大きな制約を受けている事実である。シビルミニマムは国民生活の基礎をなすもので基地の存在のため必要最低限の実現さえ制限されていることはもう一つの基地被害として重要視されなければならない。沖縄の関係地方公共団体の議会および長はすべて基地存在が自治体にとって大きな障害となっていることを訴えているのはそのためである。

沖縄の米軍基地の広大かつ過密な存在は、沖縄を憲法前文、九条、一三条、一四条、二九条および九二条に反する違憲状態に置いている。

(3) 沖縄の米軍基地の存在自体の違法性

沖縄に米軍基地が集中化され、多くの被害と過重な負担を県民に与えていることは、だれしも(原判決も)認めるところであるが、それは安保条約・地位協定上の義務履行の責任を国が負っている以上やむをえないとの議論があるが、これは大きな誤りを犯している。

安保条約・地位協定にもとづく履行義務が仮に国にあるとして、それは沖縄に米軍基地を置くこととは直接結びつくことにはならない。条約上の義務は、いわば、抽象的な義務であり、対象となる日本の全国土の中から特に沖縄にだけ米軍基地を集中化させ、その用地を提供すべき条約上の義務ではない。沖縄でなければならない理由はないのである。

国が公益を実現するため国民や地方公共団体に義務を負担させる場合、まず第一に負担をなるべく少なくすることと同時に、負担の公平性を配慮しなければならない。これは国の基本的義務であり、不公平な負担の押しつけは、権力行使は公平・公正でなければならないという法の大原則に明らかに反する。公平性に反する負担の強制は、到底合法化されるものではない。

このような観点から、沖縄の米軍基地の存在をみると、それは明らかに大多数の県民、国民が認めるとおり、不当で過重な負担を沖縄に強いていることになり、違法状態を押し付けているものといわざるをえない。

上告人は、このような違法状態の解消を求めているのであるが、それは決して原判決のいうように法の判断の枠外での国による政治的又は行政的努力に期待すればよいという問題ではなく、本件における「公益」判断など法的判断の前提となるべきものとして把握されなくてはならない。

(4) 基地の整理・縮小と国の義務

前述したとおり、米軍基地が沖縄に集中化されること自体は条約上の義務でなく、どこの施設、区域を基地に提供するかは国が主体的に選定することであり、その上で外交交渉による合意を得るべきことである。

ところで、沖縄の米軍基地は、戦後米軍によって一方的に「強奪」された上で設けられたのであるにもかかわらず、国は復帰時に、既成の基地の大部分の存続を認め、これを「合法化」した。

また、国は、一方では沖縄の米軍基地が沖縄県民に与える負担の過重性を認め、ことあるごとに基地の整理・縮小を言明し、県民に約束をしてきた。

しかし、基地の整理・縮小は、実質的には殆ど進展しなかった。

さらに、一九九〇年、上告人が知事に就任間もなく、使用裁決申請にともなう「公告・縦覧」について上告人は代理執行すべきかどうか悩んだが、そのとき、国は基地の整理・縮小を誠意をもって実行するからと約束したので、心ならずも公告・縦覧手続をとった経過がある。

このように、国は沖縄における米軍基地の存在が不公平で不公正な状態であることを認めた上で、再三整理・縮小を唱えてきたが、現実には「目に見える」形での整理・縮小は実現しなかった。客観的にみれば、国は、「口先」だけで、整理・縮小の真剣な努力をしなかったということであり、復帰後二三年という時間はそのための時間としては決して短い時間ではない。

その上、本件手続に係わる基地の来世紀にもわたる固定化は、国が整理・縮小の努力を怠った上、さらに安易に基地の継続提供をはかるもので、決して公平かつ公正な行政権の行使とはいえず、仮に本件立会・署名の拒否によって不都合が生じたとしても、それは自ら招いた結果であるといえよう。

(5) 米軍基地が沖縄になければならない理由の不存在

念のため、米軍基地を沖縄に集中しなければならないという合理的理由はまったくないことを明らかにしておく。

被上告人の原審の主張をみると、その中で、米軍基地を沖縄に置くことの理由と思われるものは、つぎの三点である。

① 従来から沖縄に基地が存在してきていること

② 継続使用させることが安上がりであること

③ 沖縄は地理的条件を備えていること

このうち、①②はまったく理由にならないことは明らかである。沖縄の基地問題はまさに人権と正義と公平の問題であって、継続させることが安直であり、安上りであるというようなことはまったく理由にはなりえない。

このようなことを主張することは、不遜きわまりない。

また、③の論拠は、冷戦時代にいわれた軍事的「キーストン論」そのものであって、現在到底通用するものではない。沖縄の米軍基地の機能について現在いわれているのは、インド洋以西をにらんでのアメリカの世界戦略上の前方展開基地であるとか、あるいは日本の軍備増強を押さえるための役割を果たしているとか、いずれも安保条約の枠外の機能である。

その他検討してみても、沖縄に米軍基地を集中することの地理的合理性を裏付けるものはない。

(6) 本件個別土地と公益性

本件土地調書記載の各土地は、その利用実態は大きく異なっている。中にはまったく必要性がない土地もあり、使用目的・必要性の程度は著しい差異がある。

駐留軍用地特措法は、各個別の土地について、それぞれ使用することが適正であり、合理的であるかどうかを個別に判断することを求めている。

そこで、上告人は、本件各土地の使用実態を明らかにし、それらの土地を米軍に提供することの不必要性・不合理性を主張した。つまり「適正かつ合理性」のないことを主張した。そして、そのための使用実態の審理を強く求めた。そうでなければ、本件における公益性が正しく判断できないからである。

(7) 小括

以上述べたとおり、上告人の本件立会・署名の拒否は、米軍基地がもたらす様々な基地被害と過重な負担とを解消し、法的主義を実現するという真の意味での高度の公益性をもつものである。

そして、これに対し、被上告人が主張する公益性とは違法不当な権利侵害の上に立つ「安保条約上の義務履行」であり、法的正義に悖り公益の名に値しないものである。

第七点 判決に影響を及ぼすことが明らかな審理不尽

一 上告理由としての「審理不尽」の意義

裁判所が一定の判断を行うにあたっては、紛争の争点を明確にして、必要にして十分な審理を尽くして、事実を認定し、法を適用すべきである。事案の解決のための審理が尽くされないまま審理が終結して判決が下された場合は、裁判所がその本来の職務を怠ったと非難されるべきであり、かかる職務怠慢によって下された判決がそのまま維持されるのは正義に反するものである。したがって、必要にして充分な審理を尽くされないまま判決が下された場合は、訴訟法規違反として民事訴訟法三九四条の上告理由となる。この法理は判例上も確立している。

そして審理不尽による判決の破棄は、原判決の誤りを指摘するだけでなく、最高裁判所から差戻しを受けた裁判所の将来の審理を指導する実質的破棄事由として重要である(小室直人・小山昇先生還暦記念・裁判と上訴・中巻・審理不尽の存在理由・新堂幸司二七二頁以下参照)。

二 本件で審理されるべき事項

それでは、本件では、どのような審理が行われれば審理が尽くされたといえるのか。逆にどの点について審理がなされなければ審理が尽くされたとはいえないのか。これは、本件における審理の範囲と密接に関係する。上告理由第三点で述べたように、本件において、裁判所は被上告人の当該職務執行命令の内容の適否を実質的に審査すべきことは当然である。そうでなければ沖縄県及び沖縄県民が、いかに基地の過重負担によるさまざまな被害、不利益を被り、それがもはや到底許容されない状況にあるのかという点について、裁判所が何ら判断することはないということになってしまう。したがって、原審は人権保障の砦として、上告人をして本件職務執行命令に従わせ、なお沖縄県に米軍基地を固定化することが許されるのかどうかという本件訴訟の本質にまで踏み込んで審理すべきであった。

上告人本人も第一回口頭弁論期日に出廷し、「裁判所におかれまして沖縄の基地の実情を踏まえ、県の立場に十分に耳を傾けていただき慎重な審理をしていただくことに期待しています。裁判所が、憲法、地方自治法の趣旨を踏まえ、司法の独立の原則のうえに立って、歴史の審判に耐えうる判決をしていただきますよう心から要請申し上げます。」と述べて、裁判所の実質審理を強く要望した。

しかし、原審は本件で審理すべき前記事項について、何ら実質的な審理を行わなかったのである。これは明らかに判決に影響を及ぼす重大な審理不尽を犯しているものである。後に述べる原審の態度に鑑みれば、原審は当初から実質審理をする意図はなく、単に実質審理を装うという極めて欺瞞的な審理をしていたものと評されても止むを得ないものであったのである。

三 訴訟指揮及び証拠決定における原審の偏頗かつ不公正な態度

1 第二回口頭弁論期日(一九九六年二月九日)における審理について

第一回口頭弁論期日(一九九五年一二月二二日)は、被上告人(原告)の訴状陳述、上告人(被告)の答弁書及び上告人の主張の骨子をまとめた第一準備書面の陳述が行われ、併せて上告人から被上告人の請求原因に対する求釈明が行なわれた。

第二回口頭弁論期日において、上告人は第一回口頭弁論で陳述した主張の骨子をさらに詳細に展開するとともに、被上告人の主張に対する反論を七〇〇頁余におよぶ第二、第三準備書面で用意して、その要点を口頭陳述し、さらに、乙四六号証までの書証の提出及び二三人の証人申請並びに上告人の本人尋問の申請を行った。くわえて、上告人は被上告人に対し八項目三四点に及ぶ詳細な求釈明を行なった。

これに対して、被上告人代理人は「被告の準備書面については未だ検討していない。」と発言し、上告人の求釈明に対しては「次回に必要なものは釈明する。」との態度であった。

この時点においては未だ十分な争点整理が行われているとは言えない状況にあったことは明らかであるから、裁判所としては、準備書面の内容、膨大な乙号証の整理、上告人申請にかかる人証についての検討を加えて、争点整理を行なった上で、証人の採否について慎重な合議を行なうことが求められていた。

ところが、原審は同期日の閉廷直前に至って、いきなり二月二三日午前一〇時の第三回期日において上告人本人尋問を行なうとの決定をし、法廷において告知した。

十分な争点整理をしない段階での証拠調決定自体も通常の訴訟手続きとしては異例であるが、本人尋問をいきなり行なうというのは異例のことである。しかも、原審は、証拠調べの順序について上告人代理人の意見を全く聞くことなく、また、突如として上告人本人尋問を決定した理由についても、何ら説明をなし得なかった。

上告人代理人及び県の政策調整監である高山朝光指定代理人が、原審が指定した「二月二三日は沖縄県議会の会期中であり、代表質問が行なわれ知事が答弁するという県政上重要な日程と重なるものであるので知事の出廷は不可能である」と指摘し、期日の変更を強く求めた。

このような上告人代理人らの要求に対し、原審は二度の合議を繰り返したが、当初の期日指定を改めず、あくまでも期日を強行する態度を示した。その理由について大塚裁判長は「普通の訴訟ではいろいろ証人の都合も聞くが、知事と総理大臣が争う国内でも重要な事件で、国際的な関わりもある。もともとの発端は知事の署名拒否にあるから、議会に差し支えがあってもやりくりして下さい。県議会に出るか、裁判所に出るかは知事の判断に委ねます。」と発言した。

大塚裁判長の右発言に示される原審の態度は、ともかく早期に審理を終わらせ、そのためには知事の尋問の機会が失われても止むを得ないという姿勢に基づくものである。さらに政治的・国際的理由にまで言及するその態度は、行政権から独立する司法を担う裁判所としてあるまじき態度であって、訴提起以来ひたすら早期結審を求める被上告人に追随し、本件訴訟の争点について十分な事実審理を行なわないまま判決する姿勢を如実に示したものである。

その後、原審は、世論の批判を考慮してか、上告人のした二月一四日付の被告本人尋問期日の変更申立を受けて、上告人の本人尋問を三月一一日午後一時に変更する旨の決定を行なわざるを得なくなったが、これは第二回期日における訴訟指揮及び証拠決定がいかに不当なものかを顕著に示すものである。

2 上告人申請の証人につき尋問事項を制限する証拠決定

上告人は既に第二回口頭弁論期日において、甲一号証陳述書の作成者である那覇防衛施設局長を証人申請していた。これに対して被上告人は一切の証人取調べは不要である旨意見を述べていたが、大塚裁判長は第二回口頭弁論期日において、被上告人に対し、被上告人が提出していた甲四〇号証、四一号証の陳述書の作成者である那覇防衛施設局施設部長佐伯恵通について、証人申請するよう勧告した。

右勧告を受けて、被上告人は二月一六日付で本件土地調書・物件調書が適正に作成されたことを立証するために、右佐伯恵通を証人申請するとともに、二月二〇日には同人作成の甲第五八号証の陳述書を提出した。

そこで、上告人も二月一九日付で右佐伯恵通の証人申請書を提出した。上告人は証すべき事実として「本件各土地及びその土地が存在する各施設の提供合意の有無、及びその内容、本件各土地を強制使用することがその『必要性』もなく、『適正かつ合理的』でもなく、ひいては上告人が本件立会・署名に応じないことが『著しく公益を害することが明らか』でもないこと、本件各土地所有者等に対する土地・物件調書作成への立会・署名の機会を十分に与えなかったこと」を挙げた。

原審は、被上告人の申請については、その申請どおりの採用をしたが、上告人の申請については二月一九日付で「各土地所有者等に土地・物件調書作成の立会・署名の機会を十分に与えなかった」ことを証すべき事実とする旨の決定を行ない、上告人の尋問事項についてもそれに沿った制限をした。

上告人は、反対尋問事項を超える事実について立証するために証人申請したところ、原審は、上告人の右証人申請は採用しておきながら、その尋問事項を被上告人の尋問事項に対する反対尋問の範囲内にとどめる決定をしたのは一方的であり、不公平極まりない偏頗な証拠決定であった。

3 第三回口頭弁論期日(一九九六年二月二三日)における審理について

当日の午前中は、前述した証拠決定に基づいて佐伯証人に対する被上告人側の主尋問が行なわれた。

そして、反対尋問に入る前に、上告人代理人は、裁判所が佐伯証人の尋問事項を制限する決定を行なった理由を明らかにするよう求めたところ、大塚裁判長は、「原告側の証人申請の趣旨が土地・物件調書の作成の適正にかかわるものであり、それ以外では申請する意思がないということだから」等と発言して、あたかも上告人の証人申請が被上告人の申請によって制約されるかの如き発言を行なったのである。そこで上告人代理人は、第二回口頭弁論期日に引き続き、その申請にかる二三人の証人の採用を強く求めた。しかし、これに対し原審は明確な態度を示さなかった。

原審裁判所のこのような審理態度は誠実さに欠け、本件における問題点について審理を尽くす態度を放棄するものであった。

4 第四回口頭弁論期日(一九九六年三月一一日)の審理について

上告人本人に対する尋問が終了した後、上告人代理人はその申請にかかる証人について証拠調べの必要性を指摘し、少なくとも那覇市長、島袋善祐、新垣昇一の三人の証人を採用し、証人調べを行なうよう原審に強く求めたところ、同裁判所は全ての証人について採用せず、審理を強引に終結し、判決言渡期日を指定して、法廷を去った。

5 釈明権の不行使

上告人は被上告人に対し、第一回口頭弁論期日において、本件の争点に関する重要な事項について求釈明をした。これに対する被上告人の対応は全く上告人の求釈明に答えるものではなかった。その後も上告人は強く釈明を求めたが、被上告人は何ら釈明をしなかった。

原審も、釈明権を行使しないばかりか、むしろ「答えられるものは答えて下さい。」等と述べ、まるで被上告人を助けるかのような態度を示し、適正な釈明権の行使を怠ったのである。

6 上告人申請にかかる証人の不採用

前述したように原審は、上告人申請にかかる二三人の証人を誰一人として採用しなかった。

右各証人は、沖縄県における米軍基地の実態、沖縄県への基地の過重負担、基地のもたらす被害、沖縄の米軍基地形成の違法、不当等々、本件訴訟の実質について審理するためにはいずれも不可欠の証人であるにもかかわらずである。

このような異常な訴訟指揮と審理の進めかたは、国民の司法に対する信頼を損ねるものであり、到底審理を尽くしたとは言い難い。

加えて、上告人が申請した強制使用予定地の検証の申出も、文書送付嘱託申出もいずれも採用することはなかった。

四 原審の訴訟遂行態度に対する県民世論

以上、概略した原審の審理経過から、原審が審理不尽の違反を犯したことは明らかになった。

県民世論は、この原審の審理不尽について原審が被上告人の主張におもねり、司法としてあるまじき不公平不公正な態度に出でたものとして厳しい批判をしている。

県民は、審理不尽の原判決に到底納得していない。裁判所はこの県民世論に誠実に耳を傾け、憲法の番人としての職責を全うすべきである。

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